11.黄金の国アバディーン

  その昔、『東方見聞録』を書いたマルコポーロは、日本を「黄金の国」と称したそうだ。西洋人から見れば当時の日本は黄金を産出する裕福な国に見えたらしい。マルコポーロもその黄金を管理する利権を獲得しようと日本を目指したに違いない。

  もちろん、アバディーンが金の産地であるわけではない。アバディーンが面する北海で石油が出たという話は事実だが、アバディーンが黄金の産地であるという話は聞かない。しかしそれでも、アバディーンは、ある意味で「黄金の国」である。

  アバディーンに来てそれを知ったのは、友人と街を歩いていたときである。彼は突然身をかがめて何かを拾い上げた。「これですよ」といって彼が見せてくれたのは1ペニー貨(1p)であった。「僕はお金を見つけるのがうまいんですよ。」この言葉を聞いた小生は、『うらやましい特技だなあ』と思ったものである。

  ところで、当地で流通している硬貨は、1p、2p、5p、10p、20p、50p、£1そして£2である。その中でも比較的わかりやすいのは£1、50p、20pである。£1貨は100円玉と同じ大きさだが厚みは100円玉の2倍あるので重い。50pと20pは六角形の形をしている。見分け易さという点ではこの3種類がもっとも見分けやすい。性質で分類すれば、1pと2pだけが銅貨で、それ以外は白銀貨である(£2だけはふちに金が貼り付けてあり豪華に見える)。肖像はいずれもエリザベスU世だ。また、£1の肖像の裏の模様は少なくても5種類ある。しかもそのうちの3種類の肖像は王冠をかぶっており、残りの2種類はティアラだ(こんな細かいこと知らなくてもいいのにね)。
  当地に来たばかりの頃はそれぞれの見分け方に苦労したものである。それは、硬貨の価値がその直径に比例していないからである。大きさ(直径)の順に並べていくと、5p(直径は17mm)、1p(20mm)、20p(21mm)、£1(22mm)、10p(24mm)、2p(25mm)、50p(27mm)そして£2(28mm)の順に大きくなるのである。1pよりも5pの方が小さく、£1よりも2pが大きい。価値からいえば、5pは1pの5倍の価値があるにもかかわらず大きさは小さく、2pは£1の50分の1の価値しかないのに大きさは大きいから混乱してしまう。 

  閑話休題。
  8月のある日、買い物のためユニオンストリートを歩いていた小生は、歩道のすみに1枚の銅貨を見つけた。1p貨である。人の行き来は結構あったが誰も気付かないようだ。小生はそっと拾い上げ、家族に「1p拾った」と誇らしげに見せた。また別のある日、今度はボンアコードショッピングセンターの広場で、また1pを見つけた。この時は『小生にもお金を見つける特技が備わったかな』とほくそ笑んだものだ。これがきっかけだった。
  7歳になる長男が小生の話を聞き、『アバディーンにはお金が落ちているものなのだ』と思ったらしい。小生は「そんなに簡単に見つかるわけはないよ。小さなお金でもお金は大事なものなんだ。そうそう簡単に落とすわけはないし、見つかるものではないよ。」と笑いながら話した。
  ところが、長男もまた歩道や公園でお金を拾うようになったのである。ほとんどは1pである。しかし、2pのこともあれば、5pのこともある。20pまで見つけることもあった(小生も一度だけ見つけた)。しかも、多いときには総額で10pを超えることもあった。長男の名誉のためにいっておくが、彼は決してお金を探しに街に行ったり、公園に行ったりしているわけではない。歩いていて見つける、遊んでいて見つけるのだ(たまに探す気になっているときもあるが)。「さすがに£1を落とすことはないよね」などど話していた矢先、彼はとうとうその£1を見つけてしまったのである(その£1は自宅の中で無くしてしまっていまだに見つからない)。ことここに及んで、「何故こんなにお金が落ちているのだろう」と家族会議を開いてあれこれ検討した。
(1)「ポケットが破れている」という説・・・そりゃそうだが、ポケットに穴が開いている人が町のあちこちに出没するだろうか。
(2)「小銭不要」説・・・この国の商品は、下二桁が99pというのがやたらと多い。£1で99pの買い物をすると1pのおつりがくる。買い物のたびに1pずつおつりが来て増えていく。ポケットも財布も1pで溢れる。それを嫌ってさりげなく落とす人がいる(というわけはないよなあ)。
(3)「カモメのいたずら」説・・・アバディーンは海辺の町なのでカモメがたくさんいる。とくにCity Centre付近には、パブや食堂も多いのでいい餌場になっているようだ(こいつらは想像以上にでかい。しかもあの目で見られると恐ろしくなるほどだ)。このカモメたちが餌と思ってどこかでゲットした硬貨を、こりゃ食えないと思って落とす(どこでゲットする?)。
(4)「紀伊国屋文左衛門」説・・・元禄の成金、紀伊国屋のごとく大判小判をまき散らして喜ぶ人がいる(そんなバカなことをするスコティシュはいないよなあ。第一スコッティシュは吝嗇だといううわさもあるし)。
(5)「地底からお金が湧いてくる」という説・・・石油は出てもお金は出ないよ、きっと。
(6)「早起きは3pの得」という説・・・言語道断。そんなことわざなどない。
  というわけで、いずれも決め手に欠ける説しか思い浮かばない。

  しかし、我が家では「小銭不要」説が有力な説として考えられている。大した根拠ではないが、ある時、長女はあるお店から出てきて20pを拾った。それは長女の前に店を出た若い女性から落ちたものであることは間違いがない(目撃証言もある)。長女はすぐさまその女性のあとを追いかけその20pを差し出した。ところが、その女性は自分のものではない、といって20pを長女に突き返したのである。その女性にとって20pは小銭であり、彼女の財布は20pが溢れかえっているに違いない。[25/Oct/1999]

 
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