40.郷土愛

  先日、クリスから「パブでカップ・ファイナルの試合を観戦しないか」とメールでの誘いを受けた。

  スコットランドのフットボール(サッカー)は、リーグ戦(プレミア・リーグ)一つとカップ戦(CISインシュランス・カップとテネンツ・カップ)二つが、シーズンを通してほぼ平行して行われている。シーズンは8月から翌年の5月まで。クリスが誘ってくれたのはシーズンの一番最後の試合、テネンツ・カップのファイナル、決勝戦だ。今シーズンのアバディーンFCは、リーグ戦ではまったく冴えず最下位だったものの、何故か二つのカップ戦では、どちらも決勝戦まで勝ち進んだ。そして結果からいえば、我がアバディーンFCは、3月のCISカップではグラスゴーのセルティックに、今回のテネンツ・カップでは同じくグラスゴーのレンジャーズに完敗した。

  カップ戦ファイナルは午後3時キックオフ。それにもかかわらず、クリスが小生と待ち合わせをした時間は12時。まだ3時間もある。3時間前にパブに行ってまず一杯。「ここのパブはスクリーンが小さい」といっては別のパブでもう一杯。「パブの雰囲気がいまいち」といっては別のパブへ行って一杯(これを「パブ・ホッピング」という)。そしてどのパブでも食事はとらずただ飲むだけ(もちろん、食べようと思えば食事はできる)。しかも立ち飲み(もちろん座ろうと思えば座れる)。1パイントのビールを、立ちながら、そして話をしながら時間をつぶす。日本なら、ガード下の一杯飲み屋でさえ、座って飲むことを是とするし、そんな飲み屋でさえ「お通し」が出て、何も食べなくても料金はかかるのが普通だ。ところが当地では、カウンターで飲み物を頼んでその飲み物と引き替えに料金を支払うだけだ(グループで行った場合、まず一人が全員分を支払う。次の一杯は別の人が支払うというように、その都度精算が行われる。割り勘ではないが、これはこれで民主的。これをラウンドというらしい)。また、そんなヤツはいないだろうが、一杯のビールも注文せずに試合だけを見て帰る、と いうこともできるのである。

  クリスとともに、パブでカップ戦を見ていて、つくづく感じたことは、みんなで盛り上がるという気質だ。競技場に行けなければ黙って家のテレビの前で観戦するというのが日本流だろう。しかし、当地のパブでは、そんな客のために、わざわざ巨大スクリーンを設置して客を呼ぶ。客もまた、自宅でブツブツいいながら一人で観戦するのではなく、パブにくり出してスクリーンごしに声援を送るのである(そういった試合が衛星放送チャンネルで放映されるため、衛星契約をしていないと、自宅では見たくても見られないという事情もあるだろうが)。ビール片手に、スクリーンに写し出されるプレイヤーの一挙一動に声援を送る。もちろん、ほとんどの客は立っている。「アバディーン、アバディーン、アバディイイイイイイーイン」と応援歌を歌う。敗色が濃くなると、白けた雰囲気がパブを包む。そして試合終了とともに自嘲気味に慰め合う客が家路を急ぐ。

  今回の相手、レンジャーズはグラスゴーのチーム。一緒に観戦したヒロコさんによれば、「アバディーンを応援している人は多いはず。エディンバラだって、ダンディーだって今日だけはアバディーンを応援しているハズよ」という。レンジャーズは常勝チーム。勝って当たり前なのだ。エディンバラのサポーターもダンディーのサポーターも、レンジャーズに一泡吹かせたいと願っている。そこで、一縷の望みを託して、それが徒労に終わることを知りながらも、敵の敵、アバディーンを応援するというわけだ。

  さて、昨年の11月、EURO2000サッカー選手権出場をかけたスコットランドとイングランドとの試合も、クリスとともにアバディーン市内のパブで観戦した。
  日本では考えられないことだが、英国は、英国という一つの国でありながら、その中にある4つの地域は、それぞれに独立している。「国家内国家」が存在するのである。難しい話はおいといて、サッカーやラグビーなどの試合には、それぞれの地域が独立したチームを出している。そのため、スコットランド対イングランドなどという、日本では起こり得ない同じ国同士の「国際試合」も行われることになる。伝統の巨人阪神戦は成立するが、関東と関西がそれぞれに国際試合に出るなどということは考えられない。あの巨大なアメリカでさえ、USAの看板は一枚だ。そこが英国の面白いところでもあり、ちょっと複雑な歴史を背景にしているところでもある。
  スコットランド対イングランドは因縁の一戦だ。当日は、アバディーン市内のパブの前には、試合開始の何時間も前に、セント・アンドリュース旗を持った客や、ジミーハットをかぶった客が長蛇の列を作っていた。パブの中で唄われる歌(応援歌)は「The Flower of Scotland」。一方、スクリーンを通して聞こえてくるイングランドのそれは、「God Save the Queen」で、これは正式な英国国歌だ。イングランド=英国ではないのにもかかわらず、である。ここからすでに客は「おかしいじゃねーか」とグチをいう。この試合も、順当に見ればイングランドが勝って当たり前(そしてその通りの結果になった)。しかし、絶対に負けられない相手がイングランドでもあるのだ。スコットランドのサポーターには、スコットランド・チームがスペインやフランスのチームに負けるのは許せるが、イングランドにだけは負けたくないという気質がある。これはまた、もしイングランド・チームが国際試合に出たとしても、スコットランド人は絶対に応援しないということにつながる。敵の敵、スペインやフランスのチームを応援するのである。そして、イングランドがスペインやフランスのチームに負けると「それ、見たことか」と溜飲を下げるのである。

  ところで、日本で、自分の自動車に、どれほどの人が日の丸のステッカーを貼って走っているだろうか。日本で国旗といえば、教育や政治の論争の種にされるのがオチだろう。日の丸を付けている自動車など、例の軍歌をボリューム一杯に流している車以外見ないのではないだろうか。
  ところが、アバディーン、そしてスコットランドでは、セント・アンドリュース旗やライオン旗(スコットランドの戦いの旗)をバンパーやトランクのそばに貼っている車が少なくない。セント・アンドリュース旗は、青地に白のクロスでバランスがいい。ライオン旗も黄色地に赤のスタンディングライオンが描かれていてカッコイイ。小生も記念に買って帰ろうと思っているが、我々からすれば、まったくのお土産感覚で買い求め、それを日本で、まったくの飾りとして自動車に貼ってもおかしくはない。
  しかし、スコットランド人がスコットランドで、セント・アンドリュース旗やライオン旗を貼っているのである。これは日本人が日本で、日の丸を付けて走っていることと同じなのだ。

  スコットランド人のそれは、単なる愛国心なのか、それとも国粋主義なのか。当地の人々にそれを聞けば、笑いながら「そんなの当然でしょ」といわれそうな気がしてくる。
  ただ一つ、スコットランド人は、郷土愛が豊かであることは確かであるし、表面的には(内面的にも?)イングランドに対する限りない対抗心があることだけは確かなようだ。[02/Jun/2000]


Previous Turn To Top Next