46.ミセス・マックファージン

  アバディーンに来てもっとも親しくしていただいたのは、いうまでもなくミスター&ミセス・マックファージン、クリス君とヒロコさんのお二人である。
  どこでどうやって知り合ったのかは置いといて、我々が最初に対面したのは、1998年の6月、冷たい雨の降る札幌であった。小生のアバディーンでの研修はまだ具体化しておらず、もしかしたらアバディーンに行くかもしれないといった程度の見通しがあるだけだった。そんな時期に、クリス君とヒロコさんが札幌を訪れるという。二人が札幌入りした夜、今はなき「サイロ」というお店で美味しい(!)クマやトド、蝦夷ジカの料理を「ご馳走してあげた」。クリス君がベジタリアンで、しかも「熊のプーさん」の国から来ているというのに、である(それ以来、「熊先生」のあだ名を頂戴することになった・・・)。

  それ以降のやりとりも置いといて、昨年の8月、アバディーンでの研修が始まって、いよいよ同じ街で生活するようになった。

  マックファージン夫妻の人となりは、ヒロコさんのホームページを読めばストレートに伝わってくるが、小生の目から見たお二人を紹介したい。

  ヒロコさんはマルチな人である。
  ある時は他のホームページに原稿を書いていたかと思えば、モルト・ウィスキーの本を翻訳して出版し、また別の時にはせっせとクリス君のセーターを編んでいる。またまた別の時にはクロスステッチに没頭している。レストランに行って美味しい料理を見つけてきては自分で試したり。さまざまな折りにいただくカードはいつもヒロコさん手製の美しいカードだ。飛び出すカードは好評を博している。大学時代にロックバンドを結成していたというからその方面の話題も豊富。かと思えばオペラの知識も図抜けている。ホームページに至っては見てわかるとおり(小生のこのホームページもヒロコさんのページの影響を受けている)。またテレビゲームもクリス君ともどもフリークの域に達しているように見受けられる。それらは半端ではない。小生もいろいろなことに興味を持つがいつも中途半端で終わってしまい、何一つまともな特技がないのと正反対だ(一体いつ寝てるんですか、ヒロコさん?)。

  アバディーン滞在中、何かと面倒をみてもらった。それは筆舌に尽くし難い。印象に残っているのは、生活が落ち着くときまでの雑事に関して教えてもらったことだ。電化製品を調達するためのインデックスやアーゴスを教えてくれたのはヒロコさんだし、電球がよく切れるので買い置きしておいた方がいいよとアドバイスしてくれたのもヒロコさんだし、ヒューズが飛んだらソケットの中のヒューズを取り替えることと教えてくれたのもヒロコさんだ。一つ一つは小さなことだが、その知識が事前に頭の中に入っているのと知らないのとでは大違い。現に、電化製品はほとんどインデックスやアーゴスで買ったし、電球が切れたときも慌てなかったし、ヒューズ飛びも2、3度経験した。また、食べ物については、日本ではお目にかからない食材を紹介してもらい、とりこになったものも多い。

  一方、クリス君も大事なところで小生にいろいろ情報を提供してくれた。たとえば、家族で電車旅行をするならファミリーレイルパスを購入した方がいいと教えてくれたのはクリス君だし、ヒストリック・スコットランドの会員になることを勧めてくれたのもクリス君だ。また、スコットランドのラガーはテネンツとマキューワンズと教えられて以来、すっかりテネンツ党になってしまったほどだ。パブにも何度か誘ってもらった。
  クリス君は、ヒロコさんによれば、電気関係はからっきしダメだという。「ヒューズも取り替えられないのよ」とヒロコさんが笑って話してくれたことがある。しかし、知識の豊富さには思わず脱帽してしまう。情報をつかむのもうまい。例のブラックウィスキーの在処を教えてくれたのはクリス君だ。そんなことにも増して、音楽と映画、そしてスポーツ全般については計り知れない知識量を持っている(パブのクイズナイトで上位入賞することがそれを物語っている)。
  何よりありがたかったのは、非常にわかりやすい英語で話しかけてくれたことだ。そして小生の、ブロークンではなく「デストロイド英語」を根気強く聞き取ってくれたのもクリス君だった。

  ヒロコさんは、アバディーンの大阪人である。
  小生には関西弁コンプレックスがある(しかし関西弁が嫌いだというわけではない)。
  東北の田舎で育ったからかもしれないが、テレビなどを見ていて、関西弁をしゃべるタレントが活躍しているのを見ると、「くやしー」と思ってしまう。我々東北人は、東北以外に出たときには、ごく一部を除いていわゆる「標準語」をしゃべろうと努力する。「我々の田舎はいいところだよねー」などと田舎を懐かしむときも訛りを極力抑えてしまう。そんなことが関西弁に対するコンプレックスになってしまったのかもしれない(あくまでも個人的な性向)。
  ヒロコさんはバリバリの大阪人である。ミセス関西弁といってもいいほどだ。その大阪人がアバディーンで関西弁を使う。メールやホームページでも関西弁が入る。これは小生にとってはかなり手強かった(そうだったんですよ、ヒロコさん)。

  とはいえ、ヒロコさんはロマンチストである。
  関西弁を使い、ロックガンガン、ホラーもののテレビゲームをこよなく愛しているヒロコさんの、何をもってそう判断したかは一概には言い難いが、どうも状況証拠を重ねていくとロマンチストのような気がしてくる(違いますか、ヒロコさん?)。

  お互いにアバディーンに住んでいるからといっても、頻繁に会ったわけではなかった。お互いに仕事があるのだから、そんなに会えるわけがない。そして、ヒロコさんは夜は夜で先に紹介したような「課外活動」が目白押しなのだ。
  そんな中にあって、いつもはメールでしょっちゅう連絡を取り合っていた。小生の他愛のない内容のメールにも必ず返事をくれた。これは小生に安心感を与えてくれた。
  当たり前のことながら、クリス君やヒロコさんと知り合ったことは偶然だったが、クリス君やヒロコさんによって小生のアバディーン・ライフが実り多いものになった。聞けばアバディーンに滞在する多くの人々(研究者)がヒロコさんとコンタクトを取っていたそうだ。そりゃそうだ、ずいぶん前からアバディーンから日本語で情報を発信していたのだから。

  そして、やっぱりヒロコさんは普通の人である。
  だから、つらいときも悲しいときも、グチりたいときもある。クリス君との仲はすこぶるいいが(二人を見るといつも漫才をしているように見える)、それでも「消化不良」になることもあるらしい。前に「グチりたくても相手は英語だから英語でグチらなければならないのよ」という話を聞いたことがある。たとえ英語の達人でも、ヒロコさんは日本生まれの大阪育ち。日本語でつらさやグチを表現したいと思うのは当然だ。決してそのグチを聞いたことはなかったが、『マルチな人で、積極的に生活しているヒロコさんも普通の人なんだなあ』と思ったものである(普通の人ですよね、ヒロコさん?)。

  小生は、クリス君とヒロコさんが住むアバディーンにほぼ1年滞在し、まもなく帰国する。アバディーンに来る前に読んでいたヒロコさんのホームページから受けるアバディーンの印象と、帰国後に読む印象は大きく異なっているハズだ。しかし、アバディーンに来る前に持っていたクリス君やヒロコさんに対するイメージは、アバディーンで生活するようになっても同じままだったし、それはこれからも変わらないだろうと思う。
  さて今度は、遠く日本から、クリス君とヒロコさんのドタバタ劇を楽しもうと思う。
  これからも宜しく、ジャパドニアン![17/Jul/2000]


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