24.中国・韓国・日本の関係

  最初にお断りしておくが、決して政治的な話をしようというわけではない。
  ましてや、この話を読んだあとに「あなたがやれば」などといわれても困る。この話全体がいわば「わがまま」な話だからである。

  異国の地で日本と同じ基本的な食生活を続けるためには、日本の食材の調達は必要不可欠なことである。「日本と同じ基本的な食生活」とは、たとえば醤油や味噌などの、味を決める調味料を使った料理をご飯といっしょに食べることである。小生は英国そしてスコットランドが好きだけれども、だからといって食生活まで好きだというわけではない。ずっと住み続けるとしても、譲れないものは、やはり日本食のような気がする。そしてその基本が調味料と米にあると思っている。

  アバディーンでは、醤油は入手可能だ。近所にあるアスダ(ASDA)か、生協(COOP)に行けば、150ml入りのキッコーマン醤油が手に入る(もっとも最近、近所のアスダでは醤油を置かなくなったが)。それだけ醤油が認知されている証拠だ。150mlで£1.15か£1.22程度だ(日本でも売っている、あのボトルに入っている。あのボトルの形を見ると、何故か病院の食事を連想する)。アバディーンの普通のスーパーで手に入ること自体驚きなので、高いとは思わない(同じSoy Sauceでもキッコーマン以外、やはり日本の味とは違う。買って使ってみて失敗したと思うのは小生だけではあるまい)。
  他方、味噌は入手できない。一度アバディーンの、ある自然食品店で「Miso」と書かれたものを見つけたが、冷蔵庫に入っているその「Miso」の色がどうも気に入らなく買わなかった。
  そこで、どうしても味噌汁が飲みたくなったらどうするか。エディンバラかロンドンへの「食材調達」である。エディンバラには「中英行」という中華食材店がある。そこでは味噌醤油に限らず、およそ日本で食べているようなものは何でも揃っている。中華食材店とはいえ、この店は中国人客だけを対象にしているのではなく、日本人も韓国人も対象にしているようだ。何故なら味噌醤油に限らず、韓国の「辛味噌」や日本のスーパーではお目にかからない韓国食材も扱っているからである。また、ロンドンに行けば、中華食材店ではなく、日本食材店がある。つまりはエディンバラやロンドンに住んでいる限り、ほぼ間違いなく日本と同じ食生活が約束される。そうはままならないアバディーン滞在の場合、観光気分でエディンバラやロンドンを訪れたついでに味噌を調達することになる。

  先日、アバディーン在住の韓国人(アバディーン大学の神学部の博士課程に属している人で、札幌にも住んだことがある)のキムさんから電話が入った(キムさんは子供二人がある妻帯者である)。キムさんは小生たちが借りている家に、我々が入居する前に住んでいた方だ。アバディーンに来る前に、ヒロコさんを通して、当時アバディーン大学の神学部の修士課程に在籍していたサミュエル(日本人、通称サム。現在博士課程)を紹介してもらい、サムも小生の家探しにかかわってくれた。そのサムが紹介してくれたのが現在我々が住んでいる家であり、そこに住んでいたのがキムさんだった。つまり、最初はヒロコさん−サム−小生の関係、そしてキムさん−サムの関係(同じ学部)だったわけだ。そしてこの関係が、キムさん−小生の関係に展開したのである(つくづく縁とは不思議なものだと思う)。
  さて電話の内容だが、近々、米や食料を持った韓国人行商が、キムさんが現在住んでいる家の近くに来るので、よろしければ米を買いませんかというものだった。
  米もまた、アバディーンで入手可能である。アスダに行けば、プディングライス用の米(もちろん日本で食べている短い米)が1キロ£1程度で、またカリフォルニア米(「錦」)はセンズベリーでは1キロ£2程度で入手できる。プディングライス用の米は多少水を多めに炊けば日本米と同じような味のご飯になるので、通常は、我が家ではこれを食べている。

  行商が来るというその日、キムさん宅を訪れ、キムさんの奥さんといっしょに行商がいる場所に出向いた。
  そこにはすでに行商のワンボックスカーがとまっており、数人の客が来ていた。キムさんの奥さんの話では(キムさんの奥さんも日本語が堪能だ)、行商はニューカッスルから来たといい、その客はほとんどがアバディーン大学への韓国人留学生とのことだった。商品の入った段ボール箱を覗いた小生とかみさんは思わず驚きの声をあげた。醤油やソース、インスタントラーメン、油揚げ、稲荷揚げ、冷凍さんまや太刀魚、たくあん、豆腐、キムチ、さらにはダイコンまで、いろいろな食品や食材が入っていた。最初は、米だけを買うつもりだったが、その値段の安さに多くのものを買った(すべて韓国製だ。ただし買わなかったが「豆腐」のみMorinagaのロゴが見えた)。米は2種類で、一つは「日光」(10キロ£12)、もう一つは「大豊」(10キロ£11.5)という韓国米である。ちょうど醤油もトンカツソースも底をつきそうだったので、これで一息つくことができた。

  さて帰宅後、ちょっと憂鬱になった。我々は、当然、日本食が食卓の中心である。朝と昼は違うが夜の基本はご飯とみそ汁。おかずにしても、たとえフィッシュアンドチップスを作っても、スコッチエッグを食べるとしても、どうしてもトンカツソースに手が伸び、当地のブラウンソースには食指が動かない。たとえローストビーフを買ってきても、醤油を少しつけて食べる方が美味しく感じる。
  それであるにもかかわらず、それらの調味料は中華食材店で入手し、しかも我々は韓国人行商からも買ったのだ。中華食材店、たとえばアバディーンにあるキャンベルスーパーマーケットに一度足を踏み入れれば、そこには中国語が飛び交うもう一つの世界がある。最初は「醤油があるじゃないか」「カップヌードルまである!」などと喜々として物色し、最近は「どうして味噌がないんだろうね」などとわがままなことをいったりしていた。また韓国人行商が店を開いた場所は、さながら「リトルコリア」のごとく、ハングルの世界だった。
  だが、日本食材を、なぜ日本人が売っていないのだろう。もちろん、ロンドンに行けば日本人が日本食材店を開いている。ではなぜエディンバラにはないのだろう。だいぶ前、エディンバラの日本人学校補習校前に、毎週土曜日にロンドンの日本食材店が行商に来ているということを聞いたことがある。どうしてもう少し足を延ばしてアバディーンまで来てくれないのだろう。韓国人行商は、わずか10数名の同胞のために、アバディーンにまで足を延ばしてくれているというのに。しかもその客はほとんどが学生なのだ。 

  もちろん最大の理由は商売にならないということだろう。割に合わないのは百も承知だ。その割に合わないことを韓国人の「商人」はやっているのだ。営利を目的とする限り、彼らがまったく儲からない仕事をしているとは思われないが。

  中国人や韓国人にできてなぜ日本人にできないのだろうという思いはしばらく続きそうだ。[19/Jan/2000]


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