22.電気はガス会社から?

  日本の常識が当地では非常識に変わることがある。そしてそのことが、しばしば我々を悩ませ、ある場合には不安のどん底に陥れる。
  電気・電話・ガスなどの公共料金の支払いはその最たるものであろう。
  日本の常識。電気・電話・ガスの料金は毎月請求が来る。電気・ガスなどは前月の測定値と当月の測定値の差を利用量とする。通話料金は実際の通話時間に基づく。
  当地の常識。各種料金の請求は「おおむね」3ヶ月に一度である。しかもその請求額は、最初の測定値のみ調べて、その後は「だいたいこれぐらい使ったでしょ?」といった見積もりの測定値による。また当地では、通話料金は向こう3ヶ月分の前払金まで請求される。律儀な日本人ならば「何とアバウトな!」と驚くかも知れないが、『これはこれでいずれも合理的だな』と思うこともある。たとえば、請求額が概算額であったとしても、最初の測定値が確定していれば、いずれ最終的に、つまりその家を立ち退くときには最終の測定値が確定するのであるから、その途中が概算額でも最後の帳尻は必ず合うわけだ。また、毎月検針する必要がないのだから、大量の検針員は不要で、ということは人件費が少なくて済む。さらに、何といっても概算額なのだから、最後には必ず各会社に連絡をして多く支払った分を精算しようという気にさせる。『なかなか良くできたもんだ』と思うこともあるわけだ。

  さて、いくつかの日本の常識が、小生を悩ませることになった。

  電気とガスは、入居時に供給会社に使用開始を申し出て契約しなければならない。これは日本と同じだ。家探しに一役買ってくれたサムと二人で不動産屋に聞いた電気会社の営業所を訪ねたとき、その窓口の担当者は「この住所にはうちの会社では電気を供給していません」といった。不安そうな小生の顔を見てサムは「こちらでは電気の供給会社もガスの供給会社も利用者が自由に選べるのです」と事情を説明してくれた。そういえば以前、英国では国営企業を中心にして、国の負担を軽くするために大幅な民営化を進めたということを何かで読んだが、電気・ガスもその一環のようであった。それはそうとして、入居してすぐに電気もガスも使えないということは大いに困る。途方に暮れた二人は、とりあえず家に行き、供給会社がわかる何か手がかりを探してみることにした。
  ところが驚いたことに、家の電気のスイッチを入れると明かりがつき、お湯の蛇口をひねるとお湯が出てきたのである。つまり、電気もガスも、どこが供給しているか不明ながら、使える状態になっていたのであった。その時は「ま、どこから買っているかはわからないながらも、一安心だね」などと話し合ったものである。引っ越したその日に不動産屋の担当の女性が訪れて、電気とガスの測定値を調べて紙片に記録し、それを小生に渡してくれた。

  その後、どこから電気とガスを買っているかと調べてみると、それはどうやらスコティシュガス(Scottish Gas)であることがわかった。つまり、この家では、前のテナント(借り主)が電気とガスを一緒に買うことで使用料金を安くする包括契約を結んでいたようであった。もちろんこれは小生とっても願ってもないことである。電気やガスの使用料の相場はわからなかったけれど、安くなるならそれに越したことはない。いずれにしても供給先がわかってホッとした。

  とはいえ、『契約をしなくても大丈夫だろうか』という不安はあった。9月に入って、スコティシュガスから電気の契約書の用紙が届いた。その文面には「あなたが8月からそこに住んでいることはわかりますが、まだ電気供給の契約をしていません。これまでと同じ内容で良ければ契約書にサインをして送り返して下さい」としたためられていた。こちらに異存があるはずがない。契約書にサインをして投函。ガス会社がガスを供給するのは当たり前、オプションで電気を買うわけだから電気の契約だけでいいわけだと判断したのである。

  11月に入って一通の請求書が届いた。スコティシュ電力からである(ScottishPower、ちなみにhとPの間にスペースは入れない)。この時点で小生が契約したのはスコティシュガスでスコティシュ電力ではない、ということに気付いていればその後の展開が変わったかもしれない。しかし、小生の頭の中には『電気とガスの包括供給契約を結んだ』ということだけがインプットされていた。そして契約を結んだ会社からのみ請求書が届くのが当たり前で(したがって一カ所からしか来ないハズ)、その請求書には、当然、包括割引料金が記載されているハズであった。
  ところが、スコティシュ電力の請求書はガスの請求書であり、しかも我々が入居する前(たぶん前のテナントが退去した翌日からだろう)からの基本料金と使用料金が請求されていた。これは訂正してもらわなければならない。
  どんな請求書にも、請求金額について疑義がある場合にはいつでも連絡してほしいという問い合わせ電話番号が記載されている。もちろん小生も「使用開始日が違う、開始日のメーターの測定値が違っている」ということは電話で伝えることができる。不安なことはその後の対応である。当然小生のクレームに対して先方から回答がある。その回答がどのようなものか、正確に聞き取ることに不安がある。いままでにも何度も電話では苦労している。ところが幸いなことに、スコティシュ電力では、電子メールでの連絡先も持っていた。これなら回答に対して十分吟味できる(場合によっては辞書で確認できる)。
  早速、疑義についてメール。「使用開始日が違う、開始日のメーターの測定値が違っている」ということ、そして「ガスの請求しかないが小生は包括契約をしているハズだが確認してほしい」ということ。すると即座にリプライ。「申し訳ありません。間違いについては修正します」とのこと。そして驚いたことは「スコティッシュ電力は、お宅にはガスのみを供給する会社です」と、自信を持って回答されたことであった。『おかしいなあ』と思いつつも、この段階ではまだ9月の契約書の写しを確認することはしなかった。
  その数日後、修正請求書と題する請求書を受け取ったが、使用開始日も開始日の測定値も変わっていなかったので、またまたメール「何にも変更になってないじゃないか」、またまた返事「申し訳ありません。手違いです。今度は正確な請求書をお送りします。」
  結局、正しい使用開始日と正しい測定値が記載された請求書が届いたのは、最初の請求書を受け取ってから2週間後だった。

  さて問題は契約をした覚えのないスコティシュ電力がガスを供給しているとすれば、いったいどこが小生に電気を供給しているのかということであった。電気とガスの包括契約を結んでいるハズのものが、ガスのみの単独契約であるとすれば、どこかが電気を供給しているハズである。それがわからない。

  そこで、9月の契約書の写しを取り出してもう一度契約内容を確認。チェックした事項にまったく間違いはなかった。ちゃんと、以前の契約と同様の内容で契約するというところにチェックマークが付いている。『おかしいなあ』と思いながらヘッダーを見たとき、『!!!』と言葉にならない衝撃が体を駆けめぐった。「な、なにぃ、スコティシュガス?」
  そうなのだ、このとき初めて、小生が契約したのがスコティシュガスであったことを認識したのである。それを理解すると同時に、新たな問題が生起した。『先日支払ったガス料金の請求元はスコティシュ電力だった。そして小生はスコティシュガスと包括契約を結んでいる。ということは、改めてスコティシュガスから、電気とガスの請求書が来るのではないだろうか。そしてその場合、スコティシュ電力に支払ったガス代はどうなるのだ?』
  とはいえ、もうこの期に及んでは、『何とかなるさ』ぐらいの気持ちになっていた。中高生風にいえば「わけわかんない」というわけだ。
  11月末、スコティシュガスから請求書が届いた。電気の請求書だった。もちろんすでに、スコティシュガスから電気の請求書が届くであろうということは想像がついていた。それが現実のものになっただけだった。まず安心したのは包括請求書でなかったことだった。二重払いをしなくても済む。

  つまりは、うちではスコティシュ電力からガスを買い、スコティシュガスから電気を買っていたのである。こんなねじれ状態で電気とガスを買っている家は、そんなにあるものではないだろう(決して自慢はできないが)。

  スコティシュガスの請求書も、やはり使用開始日と測定値が異なっていた(やれやれ)。こちらはガスよりその誤差は小さく、金額にして£2程度だった。しかしそれでも間違いは間違いだ、正さなければならない。残念ながらこちらの会社には電子メールでの問い合わせ先が出ていなかった。『やっぱり電話かなあ』と思ったが、だいぶ電話での対応に慣れてきてはいるものの、クレームの電話だ、しかも正確な対応が必要とされる。どうしようか迷ったのだが手紙を出すことにした。ちょうどいい具合に小切手での支払い用の封筒が付いていたので、それにクレームを書いて投函した。すると一週間もしないうちに、今度は金額が加算された請求書が届いた。「なんだこれは?」
  ただちに第2便発送。「ちゃんと修正してくれたらすぐお金を支払いますから、どうぞ開始日と測定値をご確認下さい。」
  すると今度はどうだろう、赤インクで印刷された督促状(Your remainder notice)が届いたのである(自慢するわけではないが、督促状、しかも英文のものを見る機会などめったにない)。笑ってしまうのは、督促状に記載された請求金額が最初に届いた請求書の金額に戻っていたことだった。『いったい、この会社、どうなってるんだ?』
  文面曰く、「あなたはまだ電気料金を支払ってません。もし支払いに不自由なようでしたら相談に乗りますから連絡して下さい。さもなければ、法的手段に訴えます。」
  『おいおい、法的手段に訴えますはないだろう』と思いながらも、わずか£2程度でややっこしくなるのは勘弁だし『こりゃダメだ』とあきらめて、ただちにキャッシュで支払いを済ませた。
  その翌日、今度はスコティッシュガスの封筒に入ったブリティッシュガスの顧客サービス係からの手紙だった。曰く、「あなたからの手紙を受け取りました。おっしゃることについて確認してみます。」
  『おいおい、今頃なんだよ。もう支払ってしまったんだ。もういいよ。だいたいにしてスコティッシュガスの問題になぜブリティッシュガスの人が口出しするんだ。£2はおたくの会社の設備投資資金として寄付するよ。』

  今回の騒動は、小生がいくつかの日本の常識で行動したことが原因であった。その発端は「電気は電力会社、ガスはガス会社」という思い込みであった。
  一事が万事、日本の常識など日本でしか通用しないことであると肝に銘じなければならない。[21/Dec/1999]


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