20.キャッシュレスの恍惚と不安

  日本では使ったことがなかった支払手段を、最近、利用し始めた。それは小切手(Cheque)とスイッチ(Switch)である。
  銀行口座を開設し、すぐに小切手帳とスイッチ機能付きキャッシュカード(Bank of ScotlandではKey Cardという)を受け取った。日本にいて「いつもニコニコ現金払い」を実践していた小生にとって、『小切手を利用する機会などないな』と思っていた反面、ここでしか使わないのだから、一度使ってみるかと思ったのも事実である。ところが実際に利用してみると、これがなかなか使い勝手がいい。
  最初に小切手を切るとき、ちょっと不安なことがあった。それは何をどのように書いたらいいのかということであった。日本では、仕事柄、学生たちに小切手の機能や記載事項を教えているにもかかわらず、当地の小切手の書き方がわからないのである(困ったものだ)。そこでサム(アバディーン大学の博士課程に在学する留学生。サムは迷惑かもしれないが、小生は「困ったときのサム頼み」と思っている)に電話で聞いて確認したほどである。

  まず、「Pay」と書かれた欄に支払先名を書く(@)。
 次に振り出した年月日(A)。年月日とはいえ英国は日本とも米国とも書き方が違う。「1999年12月10日」ならば、「10/12/1999」と書く。つまりまるでひっくり返して書くわけだ。慣れてみるとわかりやすいが、最初は戸惑ったものだ。
  厄介なのがBの支払金額の記入。ここには文字で金額を記入しなければならない。たとえば、支払金額が£12.45の場合、Twelve Pounds and Forty-five Pence onlyと書く。たしか中学校で習ったような記憶があるが、書くときはいつも神経を使う。たとえわかっていても辞書で確認してしまうほどだ。スペルミスがあれば、やっぱり恥ずかしい。口座開設手続きをしてくれた女性行員がご丁寧にもProfessorの肩書きを入れたものだから尚更だ。もしスペルミスをディーラーに発見されたら、『フン、こいつ、プロフェッサーのくせに文字も書けないのか』と笑われるのは必定なのだ。初歩的なことながら、2ポンド以上は複数形のPounds、2ペンス以上はPence(1pはPenny)と書かなければならないし、ポンドとペンスの間はandを入れる。そして最後にはonlyと書かなければならない。
  Cの支払金額は数字で書く。
  最後は署名(D)。もちろん日本語で可。日本なら署名のあとに「はんこ」を押すが、当地は印鑑文化圏ではないのだから署名だけでいい。これも便利だ。日本語で書いた署名が当地の人にわかるかって? 署名(サイン)は読める必要はないのだ、確かに本人が書いたことが証明されればいいのだから。日本語で書いた署名ほど小生を証明できるものはない。
  小切手帳には小切手の左端に「控え」が付いているので、そこに振出日、支払先、金額を書いて切り離し、小切手を相手に渡せばいいわけである。小生の場合、小切手帳を持ち歩いて利用することはほとんどせず、もっぱら公共料金の支払いや、通信販売で買った本などの支払いのために小切手を利用している。いずれの場合も請求書の封筒に小切手送付用の封筒が「必ず」入っているので、それを使う。ただし切手代は「必ず」利用者負担。セカンドクラス(19p)の切手を貼って投函。普通郵便でいい。現在まで何のトラブルもないので(たとえば先方に届かなかったなど)、心配することはないのだろうが、もし郵送途中でトラブルがあっても事後策はしっかりできているハズだ(小切手利用の長い歴史があるのだ)。

  街での買い物にはスイッチを使うことが多くなった。
  小生がもらったキャッシュカードにはスイッチが利用できるようになっていた。口座開設時にはその存在も知らなかったが、カードを受け取ったら付いていたというものだ。カードの右上にあるグリーンのマークがスイッチ利用可能のマークだ。このマークのあるお店ならどこでも使える(このマークがない商店を見たことがないぐらいだ。たとえば屋台のような店にもスイッチ利用可のシールがある)。これは小切手よりも使い勝手がいい。
  使い方は簡単。お店で商品を買うとき、レジでこのカードを示す。店員はカードをカードリーダーに入れる。スイッチ用のレシートをくれるので指定の場所に署名(サイン)。これまた日本語可(あるデパートで日本語の署名を見た店員が「びっくりした」といっていたが)。署名後は、スイッチによる支払いであることを示すレシートをくれる。つまり利用者控えだ。この利用者控えは、お店によって異なっている。署名をしたレシートそのものをくれる場合もあるし、スイッチ利用控えと明細をくれる場合もある。いずれにしても署名するだけだ。
  ただし、小生のカードのホログラム部分(右下)には「£100」という数字が彫られている。これは「銀行は100ポンドまでの支払いの保証をしますよ」という銀行の保証(小切手の場合も同じ)。ということはもし100ポンド以上買った場合はどうなるのかという疑問が出る。しかし残念なことにいまだにそんな経験はない。100ポンド以上の買い物などないからである。一方、たった1ポンドや2ポンドの買い物でも使えるので、本当に現金を持ち歩かなくてもいい。

 ところで、小切手やスイッチはいつ決済されるのか。小切手は先方次第だが、おおむね振出日から1週間から10日後に決済されている。またスイッチは、週末(金・土・日)以外は、翌日には決済されている(週末の利用の場合は翌月曜日)。

  さて、ちょっと困ったこともある。小切手やスイッチを利用しているとはいえ、現金支払いも必要な場合もある。小生、家賃は現金で支払っている。それこそ大金なので口座振替(Direct Debitという)にすればいいのだが、月に一度だし、不動産屋には何かと用があり(毎月トラブルがあるほどだ)、家賃を支払うついでに用を足すことにしているので現金で支払うことにしている(そろそろ方法を変えようかとも思っているが)。そんなときは当然、キャッシュカードを利用して現金を引き出すことになる。ところが当地のカードは、原則的に1日の引き出し限度額は250ポンドだ(たしか、日本のCD機では、1日か1回の引き出し限度額は30万円か50万円まで引き出し可能だったハズである)。たとえ口座に10,000ポンド入っていようが、100,000ポンド入っていようが250ポンドが限度で、それ以上はカードでは引き出せない。それを知らずに250ポンド以上引き出そうとしたとき「もう引き出せません」と表示が出て引き出せなかった経験がある。この時はさすがに焦ったものである(それでも引き出したいときには窓口で引き出すんでしょうね、きっと)。なぜこんな限度額を設けたのかはわからない。たしかに250ポンドは大金であり、普通はそんなに使うこともないので日常的に不自由はない。しかしもとはといえば小生のお金だ。自分のお金を自分で引き出すのだから銀行に制限される いわれはない。100歩譲って限度額はあってもいいが、もう少し限度額を引き上げてほしいものだと思うのは小生だけではないだろう。

  最後に次回のための教訓(また来ることがあるだろうか)。
  クレジットカードの利用もまた、当地では一般化している(信用のためにもクレジットカードは日本で作って持ってくるべきだ。インターネットでホテルを予約したとき、支払方法にかかわらず、クレジットカードの番号を聞かれた経験がある)。小生、クレジットカードも持参しているが、日本で作ったものなので、当地で利用しても日本円に換算して日本の銀行で決済される。為替相場の影響を受けるわけだ。それを避けるためには当地でクレジットカードを作って、当地の銀行で決済されるようにすればいいのだが、噂によれば、当地で所得のないものは、まず間違いなく作成を拒否されるという。したがって為替相場の影響を受けるとはいえ、日本で作ったクレジットカードを利用するしかない。とはいえ、この場合は、250ポンドなどという制限はないのだから、金額を気にせず利用できるというメリットがある(正確にはこれも限度額はあるが少なくても250ポンド相当ということはない)。
  この意味でクレジットカードを持参したまでは良かったのだ。ただ誤算があった。それは、クレジットカードを決済する日本の銀行から当地の銀行に、お金をほとんど送金してしまったことであった・・・。[10/Dec/1999]

 
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