クラスィス城と庭園(Crathes Castle & Garden)

  廃墟と化したお城ばかり見ていた我々にとって、ここクラスィス城は完全な姿で残るお城を見た最初であった。

  クラスィス城はA93沿いにある。自宅から約20マイル。駐車場に車を停めチケットオフィスへ。我々はまだNTSの会員ではなかったので、入場料を尋ねると、大人2人分(@£6.00×2)だけでいいという(今年は子供は無料開放しているようだ)。そこでお城の入場券と庭園の入場券をもらい、まずお城へ。

  お城の入り口まで来ると中からドアを開けてくれた。そうなのだ、我々は大事な客人で、執事が中から来客を察して城の中へ迎え入れてくれるという設定なのだった。
  内部にはいるとすぐに入場券を渡して案内されるままに最初の部屋へ。ここでは、各部屋にNTSの係員が待機し訪問客の質問に答えてくれるようになっていた。もとより何の知識もない我々には質問の仕様もない。でも大丈夫。入場券を渡したところには、A4両面刷の英語以外の言語のリーフレットが用意され、その中には日本語のものもあったので、我々はそれを読みながら部屋をまわって歩いた(このリーフレットは城を出るとき回収される)。

  このお城は、バーネット家の居城で16世紀からあるお城であるという。それがどうしてNTSの管理下に置かれるようになったのかといえば、このお城を継ぐ世継ぎに恵まれなかったから。どうやら日本と同じように、お城の跡継ぎは男でなければならなかったらしい。それは1951年のことである。1951年といえばスコットランドの歴史からすればつい最近。わずか50年前。したがって内部の調度品などは古い物と新しい物が混在した状態。

  ここでの発見はトイレ。ヒストリック・スコットランドのお城(廃墟)巡りで、トイレと風呂の場所にちょっと興味を持ったのだが、このお城に来てトイレの謎が解けた。この城には古くから使われていたトイレが残されていたのであった。それは「おまる」であった。トイレの場所におまるが置かれ、用を足すとそのおまるを持って外に出て捨てるという仕組みらしかった。記念に写真を撮りたかったほどだったが、このお城の内部はすべて写真撮影禁止だったのでお見せできなくて残念。

  バーネット家の祖先であるアレキサンダー・バーナードが、1323年に、あのロバート・ザ・ブルースに拝領したというホーン・オヴ・レイス(Horn of Leys)がこの城の家宝だという。角笛である。そんな展示品を見たり豪華なベッドや調度品を見て城から出た。

  次は600エーカーもあるという庭園(実はエーカーなどといわれても想像できない大きさなのだが)。ここに入るにもチケットが必要だが、チケットオフィスでもらったチケットを提示して中に入る。我々が訪れたのは4月の初旬だったが、さすがに花の季節にはまだ早すぎた。よく手入れが施された庭園は、花の季節(5月〜6月)にはさぞかしきれいだろうなと思わせるものであった。

【クラスィス城再訪】

  6月上旬、気温は低かったものの(予報では12度)、あまりに天気が良かったので、クラスィス城の庭園を再訪した。

  駐車場の入り口に何やら張り紙がしてあり「駐車料金の徴収システムが変更になりました」と書いてある。『前回来たときは駐車料金は払わなかったハズだが』と思って駐車場に入っていくと、係りのお兄ちゃんがいて自動車を誘導した。『いずれにしても駐車料金を払わなければ』と思い、その誘導員の所に行くと、そこには路上駐車場にある発券機があった。『前回はなかったぞ』と思いながら料金を見ると£1と書いてある。支払おうとすると誘導員は「メンバーですか?」と聞いてきた。「そうだ」と答えると、いかにも手製の駐車許可証(Parking Permit)に何か記入し、小生にサインをするように促してきた。とりあえずサインをすると、誘導員は、「この許可証で2001年4月まで、どのNTSの施設の駐車場に停めることができます。自動車のフロントに置いて下さい。」と説明した。結局、会員は無料だった。

  今度は、チケット売場で「庭園だけ見たいのですが」といって会員証を示すと、「庭園入り口でそれを見せて入場して下さい。」といわれてそのまま敷地内に入った。

        

  今回はとにかくいい天気だったし、お花の季節に入ったことでもあるので、多少期待して庭園に入った。今回はその期待を裏切らず、さまざまな花が咲いていた。

  草花や木々に対する知識がほとんどないので、何という名前の花なのかわからないものが多く、草花には名前と種類を示すプレートが付いていたもののその日本名がわからず、しかも困ったことに、日本では見たことのない花が咲いていたので、感想はただ「きれいだなあ」という一言だけ。それでも、ライラックが満開で、これだけはよくわかった。当地のライラックの種類は、札幌で見るものよりも花が小さく密度が濃い。背丈も高いように感じる。しかし、あまりに花の密度が濃いせいだろうか、札幌のライラックの方がきれいに見えたのは、ひいき目だろうか。

        

  不思議な形に形成された垣根は、前回とは違って色あせていたように思えた。近づいてよく見ると、前回は形成したてだったのだが、それ以降、若芽が出てきてその薄黄色のせいで、全体的に色あせて見えたのであった。

  それでも、庭園から見るクラスィス城は、前回とは違った姿に見えたことは間違いない。やはり庭園に映えるお城だったのだ。NTSの施設をいくつかまわったが、そのいずれのガーディアン(庭の管理責任者)は、このクラスィス城の管理人だったことを知った。グランピアンのNTSの施設の庭園は、ここのガーディアンが統括しているのだから、その本家本元の庭園が見事なのは当たり前だった。

  1時間ほどのんびり散策して庭園を後にした。


ドラム城と庭園 ピットメデン庭園

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