最近はあまり飲まなくなったけれど、それでもスコットランドといえばやっぱりウィスキー(ウヰスキーと書いてあったなあ、その昔)。しかも当地アバディーンは、スペイサイドの蒸留所にもっとも近い都市である。ここにいるからには、観光気分ででも出かけなくてならない。そこで10月のある土曜日、クリスとヒロコのマックファージン夫妻を誘ってモルトウィスキートレイル(モルトウィスキー街道)を訪れた。

  クリスはあらかじめ見学できる蒸留所を調べておいてくれた。というのも、すでに10月はオフシーズンで見学できない蒸留所が多いからだった。

  朝10時、自動車でマックファージン宅を訪れ2人をピックアップ。小生ルートがまったくわからないので、クリスに地図を手渡しナビゲーターをお願いすると、彼は快くそれを引き受けてくれた(ヒロコさんが「彼はものすごい方向音痴よ」と教えてくれた時は、すでに出発したあとだった)。

  どんよりした空の中、車はA96をキース(Keith)に向かってひた走った。車窓から見える風景は、北海道と同じで、なだらかな丘陵、草をはむ羊たち。ときどき牛。違うのは遠くに見える石造りの家々。助手席のクリスはランダバウトにさしかかると「そこを右」「これは直進」と、ていねいにナビゲーションしてくれる。やがてハントリー(Huntly)という町を過ぎると残りは8マイル(約13q)。そして山がちの道を進むとキースに到着。キースは最初の訪問地、Strathisla Distillery(ストラスアイラ蒸留所)がある町だ。

  アバディーン・グランピアン旅行協会(Aberdeen & Grampian Tourist Board)発行のリーフレットによれば、モルトウィスキートレイルにある蒸留所は7カ所。すなわち、Dallas Dhu Historic、Glen Grant、Cardhu、Glenlivet、Strathisla、Glenfiddich、そしてGlenfarclas。さらに1つの樽製造所、Speyside Cooperage。いずれも期間や時間は異なるものの一般開放している蒸留所や製造所である。

  ストラスアイラ蒸留所には11時10分に到着。アバディーンからちょうど57マイル、約91q。まったく静かな山あいにそぼ降る雨。絶好の雰囲気だ。ここは小さな蒸留所ながら、こじんまりとした中に「ここでウィスキーを作ってる」という佇まいだ。まさに絵になる蒸留所。1786年操業。クリスによれば、いつもなら入場料£4が必要なのだが(コーヒーまたは紅茶付き)、この日は何らかの撮影があり、すべてを見ることができない代わりにタダになるという(ひそかにラッキー)。さっそく敷地内へ。係りの女性の指示で見学ルートを進む。ストラスアイラ蒸留所は、ストラスアイラという銘柄のウィスキーももちろん蒸留しているが、この蒸留所でつくっていて我々にとって馴染みがあるのはChivas Regal(シーバス・リーガル)だ(ただしシーバス・リーガルはシングルモルトではなくブレンドウィスキー)。
  まず、我々が見たのはタン・ルーム。タンは大きな樽で、ここでウォーツ(麦芽汁)を発酵するという。残念ながら金曜日の夜にウォッシュ(発酵後のビール状の液体)を取り出して次は日曜日に入れるとのことで、何も入ってない樽だけだったが、部屋中強い臭いが立ちこめていた(香りといいたいが臭いといった方がいいような感じ)。ここでヒロコさんが、説明をしてくれた職人さんに「ディジーはいる?」と尋ねると彼は「今朝はこの辺にいたんだが」といって探してくれた(結局見つけられなかったが)。「ここには有名な猫がいるのよ」とヒロコさんが教えてくれた。そうなのだ、ヒロコさんは翻訳助手として、J.Lamond and R.Tucek著“THE MALT WHISKY FILE”(Canongate Books)の日本語版(1998年)の発行にかかわった「通」の一人だったのだ[ちなみに小生も日本で購入し(2,700円+税)当地に持参していた]。その猫の話というのはこうだ。1993年、ケンタッキーから船積みされたバーボンの樽の中に一匹の猫が紛れ込み、約4週間後、英国に到着したその猫はふらふらになって発見されたので「頭がくらくらする」という意味のディジー(dizzy)と名付けられ、現在は「ねずみ取り」として採用されているという(一部訳書、207頁参照)。『ふーん、馬が食べてふらつくのは馬酔木、猫が食べてふらつくのはまたたびだけだと思っていたが、やっぱりアルコールにも酔うんだ』とくだらんことを考えながらそんな逸話を聞いた。タン・ルームを出てバー・ラウンジ風の部屋へ。ここでは優しそうな若い男性案内人がグラスに入ったウィスキーの香りの違いを説明してくれた(たしかグラスは7つあったはず。説明を聞いた時はどんな種類か覚えていたのだが、現在ではまったく忘れている)。その後、ストラスアイラ12年を試飲。バー・ラウンジ風の部屋のソファに腰を沈め、至福のひとときを過ごす。こんなセンス のいい部屋、日本には絶対にないと思えるほどのいい部屋だ。備え付けのGuest Bookには日本人の名前もいくつか見られた(小生も一応書いたが、早くも漢字を忘れていて慌てる)。あの優しそうな若い男性案内人は、我々3人を見て、小生とヒロコさんがはるばる日本から来て、アバディーン在住のクリスが道案内をしていると、はなから思っていたようだ。そりゃそうだ。どう見てもスコッティシュのクリスと、どう見ても謎の東洋人2人(ヒロコさん、スイマセン)では、そう思わない方がどうかしている。しかし、実際には、2人のアバドニアンと、何故かスコットランドで運転している東洋人の組み合わせだ。
  コーヒーを飲んで、ミニチュア・ボトルを買いストラスアイラ蒸留所を出たのがちょうどお昼時。雨も降っていたので車中でヒロコさん手製のサンドウィッチを食べながら昼食。1時10分にストラスアイラ蒸留所を出てGlen Grant Distillery(グレン・グラント蒸留所)へ。グレン・グラント蒸留所へはA95からB9103さらにB9015という田舎道を抜けて行く。ここでもクリスはグッドナビだ。ストラスアイラ蒸留所を出て20分後にはグレン・グラント蒸留所に到着。ストラスアイラ蒸留所からグレン・グラント蒸留所までは約11.6マイル、18.6q。

  グレン・グラント蒸留所もまた山あいの中にある蒸留所だ。そのまわりの木々はちょうど黄葉しており、それはそれで趣のあるロケーションの中にある。1840年操業。入場料は£2.50(クリスのおごり、ありがとう)。十数名の観光客が一団となって見学。
 ここでは、Nancyというおばさまが案内役。まずは、麦芽、それを砕いた粉(グリスト)の説明。その後タン・ルーム。またまたあの臭い。ナンシーおばさんは、専門用語を2度繰り返してから説明してくれたので、用語ぐらいは何とか覚えることができた(大事な内容はダメだ)。ウォーツには酵母(イースト)を加えて発酵させるらしい。ここのタン(樽)はかなり大きい。ウォッシュになったウォーツはスチルへ。我々も足を進める。ウィスキーといえばあのスチルの形を思い出す。スチルはウォッシュを蒸留する装置。蒸留だからスチルは熱されている。ここで蒸留されたものがスピリット(spirit)になる。これはもう立派なアルコールらしい。その度数は80度にもなるという。そしてその色は無色透明。そうやって蒸留されたスピリットを3段階に選別し、アルコール度数67度のものだけが樽詰めされるという。琥珀色は樽から出る色だ。樽の倉庫の内部までは見学できなかったが、倉庫の外壁が黒ずんでいるのは樽とウィスキーが作り出す芸術だ。その後小部屋に案内され試飲。ここではバーボンフレーバーとシェリーフレーバーの2種類のウィスキーを出される(いただくのはどちらか一方) 。小生は色の薄いシェリーフレーバーを飲む。ウィスキーの香りと色は樽に依存するが、その樽はアメリカかスペインから持ってくるという。その間、7分ほどのビデオ上映。グレン・グラント蒸留所の歴史を簡単にまとめたもの。これで案内は終了。40分程度だったと思う。この後ミニチュア・ボトルを買って、2時35分、グレン・グラント蒸留所を後にした。

  次はA941をダフタウン(Dufftown)方面に南下する。わずか15分、距離にして7マイルで本日の最終訪問地、Glenfiddich Distillery(グレンフィディック蒸留所)だ。1887年操業。

  グレンフィディックの名は日本でも有名だ。あのトライアングルの形をした瓶のウィスキーだ。
  この蒸留所はストラスアイラ蒸留所やグレン・グラント蒸留所に比べて規模も大きく、観光客を迎える設備が整った蒸留所だ。
  まず我々はレセプションに向かった。そこでは係りの女性が見学客を出迎えてくれた。クリスが「日本から来た」と告げると(もちろんクリスは「アバディーンから来た」といった)、なんと、日本語で書かれた案内書(ビラ)を持ってきてくれた。それを受け取り、こじんまりした部屋に案内された。我々のほかには大陸から来たと思しき団体もいた。
  この部屋はちょうど映画館のような作りになっており、我々はヘッドフォンを付けスクリーンに向かって腰を下ろす。解説も多国籍対応で、日本語はチャンネル6(笑ったのはクリスもチャンネル6に合わせてヘッドフォンを付けたことだ。たぶん、日本語の勉強をするつもりだったのだろう)。20分程度のジオラマ風の仕掛けでスコットランド、スペイサイド、ウィスキーそしてグレンフィディック蒸留所の紹介。それが終わると見学客は2つのグループにわかれ、案内の女性に伴われて蒸留所見学。まずはタン・ルーム。またまたまたあの臭い。3つ目ともなると頭がクラクラする。そして最初の工程の説明。ここのタンはとてつもなく大きく深い。その一つには今まさにウォーツからウォッシュになった液体がブクブク泡を吹いていた。覗いて臭いを嗅いだが強烈な臭いだ。その後我々はスチル・ハウスに歩を進める。ここのスチルは全部で13基。どれも小型だ。スチル・ハウスを出た我々は別棟の貯蔵庫へ。樽が静かに横たわっていた。ここであの琥珀の液体が生まれるわけだ。
  ところで、グレンフィディック蒸留所は、この地方の蒸留所の中で、唯一ボトリング工場を持つ蒸留所である。他の蒸留所は樽詰めまでで、熟成したウィスキーは樽のままボトリング会社に運ばれる。その後、瓶詰めされラベルが貼られて出荷される(たとえばグレン・グラントのボトリングはエディンバラで行われるそうだ)。グレンフィディックのみがボトリング工程を持っていて一貫生産されている。その工程も見学(ただし土曜日のため稼働していなかったが)。あの三角形のボトルが見えた。
  最後はピュアモルトの試飲。飲みやすいといった印象だ。

  7、8年前、山形県の、ある日本酒の醸造所に行ったことがある。知り合いが営んでいる会社だ。そこの主人の話では、どんな酒でも瓶詰めされる前のものはどれも軽くフルーティで美味しいものだという。蒸留と醸造では製法は違うものの、モルト・ウィスキーを飲んで、何故かその醸造所で蛇腹から出てきたばかりの日本酒を飲んだ時に感じた香りを思い出した(実は「瓶詰めされる前のものはどれも軽くフルーティで美味しいものだ」という話には落ちが付く。主人曰く「税金が含まれてないからだよ」)。

  試飲後おみやげを買いグレンフィディック蒸留所をあとにする。時刻は4時37分。クリスは小生の運転を気遣ってどこかでコーヒーでも飲んでいこうと提案。A941からA920に入り、往路で通ったハントリー駅前に5時着。駅前のホテルの喫茶室でコーヒーブレイク。夕刻のハントリーはとても寂しげな雰囲気だったが、幸いにしてグレンフィディック蒸留所到着後から青空も見え始めていたので暗い雰囲気ではなく、どこか懐かしさを感じた。「ハントリーを訪れた日本人はそんなにいないハズだよ」とクリス。そりゃそうだ、何もない町だから。しかしこんな所に立ち寄るのも悪くない。素顔のスコットランドがそこにあるからだ。

  5時45分、A920からA96に乗り換えて一路アバディーンへ。最後までクリスは堅実なナビゲーター役をこなしてくれた。途中でマックファージン夫妻をおろして自宅に到着したのはすっかり日も落ちた6時55分だった。

  この日の走行距離は134.3マイル(215q)。1カ所で小一時間の見学時間なので1日ですべてを回るのは無理だ。日本のように「はい、行って来ました。これが証拠の写真です」といった駆け足の観光地めぐりツアーのような感覚で行くのは止めた方がいい。また観光シーズンにはモルトウィスキートレイルを走る観光バスもあるらしいが、できるだけ自動車で訪れるべきだろう。アバディーンから近いとはいえ、いずれも山あいにあり、それなりに時間がかかる。時間を気にせず、十分ウィスキー蒸留所とモルトウィスキートレイルを堪能したかったら、絶対自動車にすべきだろう。

  今回は3カ所を巡った。少なくてもあと4カ所の蒸留所が残っている。「クリスさん、今度はいつ?」


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