35.OH!SUSHI

  我々が当地で購読している『英国ニュースダイジェスト』(週間日本語新聞)2月24日号に、英国の消費者に愛されているスーパーマーケットを選ぶ「今年のスーパーマーケット」賞の結果が掲載された。この賞は、『ベスト・マガジン』という雑誌が読者150万人を対象に行ったアンケートに基づいて、値段、品揃え、品質、サービスなどについて優れたスーパーマーケットを選ぼうとするものらしい。

  記事によれば、健康食品部門はセンズベリー、自家製パン部門はアスダ、精肉部門はセーフウェイ、鮮魚部門はモリソンズが受賞した(この中ではモリソンズだけどんなスーパーかわからない。鮮魚とはいってもたかが知れているだろうけど)。
  そして栄えある「今年のスーパーマーケット」賞大賞に選ばれたのが、2年連続でテスコであった(同時に新聞雑誌部門、美容商品部門でも受賞)。

  そのテスコ、我々がアバディーンに来て間もなく、SUSHIを販売し始めた。
  SUSHIは文字通り寿司・鮨・すしである。8月の下旬、マックファージン夫妻のフラットへ招待されたおり、立ち寄ったテスコでSUSHIを発見し、「へー、アバディーンでも寿司が食べられるのか」という驚きとともに興味半分で購入して持参した。「寿司を買ってきましたよ」というと、マックファージン夫妻はすでに試食しており、そのSUSHIについてはすでにウェッブで紹介していたのであった。

  我々がテスコのSUSHIを買ったのはその一回だけだった(理由はすでにおわかりだろう)。
  ところが、である。アバディーン滞在が8ヶ月も過ぎた頃、毎日の普通の食事に飽きたらず、何か変わったものを食べたくなった。その一番最初に思いついたのがテスコのSUSHIであった。

  SUSHIは今でもテスコで販売していた。しかし、昨年の8月頃とは違って販売している種類が極端に減ったようだ。以前は、にぎりSUSHIだけ、巻きSUSHIだけ、あるいはにぎりと巻物がセットになったものなど、バリエーション豊かだったが、今回は、にぎりと巻物がセットになったパックしかなかった。値段も安くなったようだ。

これで£2.99。安いでしょ?

  小生が買ったSUSHIはにぎりが4個、軍艦巻きが2個、細巻きが4個、太巻きが2個入ったパックで£2.99。

  そのSUSHIは店頭でちょっと見る限り、『おおーっ、マグロだ!』『納豆の軍艦巻きだ!』『うーん太巻きもいいなあ』と思うような、本格派の、食欲をそそる組み合わせだ(あくまでちょっと見る限り、だ。at a glanceっていう表現がピッタリ)。

  パックを手に取ると、Far Easternの文字が見える。極東風ってわけだ。日本とは書いてないところがミソだ。さらに、VEGETARIAN SUSHI BOXの文字も見える。菜食主義者にも持ってこいっていうわけだ。
  『寿司はヘルシーだからね。だがちょっと待てよ。菜食主義者は魚は食べてもいいのだろうか?』

  早速昼食で食べることにした(とても夕食まで待てない)。
  まずは、パックの上蓋をあける。するとどうだろう、箸が付いている。それも「お手もと」と漢字の崩し字で書いてある。さらに、魚の形の容器に入った醤油(なつかしー)とガリまで入っていた。

脇役は申し分ない

  『なかなか芸が細かいなあ』

  醤油をお皿にたらし、ガリを開封する。醤油は香りがないもののガリは日本で食べるものとまったく変わらない味だ。箸も日本のコンビニ弁当などに付いている短めの割り箸。
  『寿司の脇役は申し分ない』

  次は看板役者の登場。
  巻きずしから食する。細巻き4個と太巻き2個。
  細巻きは、2個はかっぱ巻きであることがすぐわかる。1個を口の中へ。
  『やっぱりかっぱ巻きだ』
  キュウリの細切りが口の中でパリパリと音を立てる。しかし海苔は海苔の香りがまったくせず、ご飯は酢飯ではない。口の中でポロポロと崩れ落ちる食感は、その米がプディングライス用の米を使っていることを思い知らせてくれる。
  プディングライス用の米は、我々も食べているので、それ自体には違和感はない。炊き立てはそれなりに美味しい。しかし、我々も経験的に知っていることだが、冷めるとどうもいけない。本来的に粘りけがないため、冷めてしまうとご飯がポロポロになってしまうのだ。どうやら、このSUSHIはこのプディングライスを使っているようだ。
  次は、もう一種類の細巻き。これは何か薄切りしたものが真ん中にあったが見ただけでは想像もつかない。かんぴょうに似ているがかんぴょうよりは色が薄い。スモークサーモン巻きかなとも思ったがそれほど厚みもない。
  『何はともあれ一口』
  口に含んで巻いてあるものの正体がわかった。それはガリであった(前に買ったときもあったかなあ、コレ)。

  巻物の最後は太巻き。上から見ると、黄色、赤、緑が食欲をそそる。それは玉子、紅しょうが、キュウリを連想させる。
  ところが、その正体は玉子、キュウリは正解だが、紅しょうがに見えるものは、何とレッドペッパー、つまり赤ピーマンである。玉子とキュウリとピーマンの取り合わせ。これはちょっと経験できない食感だ。
  しかも、ご丁寧にも、いずれにもわさびが入っているのだ。味のまったくない海苔、ポロポロのご飯、そして玉子とキュウリとピーマン。with わずかなわさびの香り。
  『いいなあ。にぎりの方が楽しみだ』

  もはや頭の中は、ゲテモノ喰い、悪食モードに変わっている。

  巻物のあとは軍艦巻きだ。
  『これはどう見ても挽き割り納豆を使った納豆巻きだよなあ』
  しかし納豆独特の、あの香りがまったくしない。
  とりあえず、わさび醤油を付けて口の中へ。
  『ううん?』
  食感はヌルヌルしたような感じだ。脱臭済み納豆といった食感。
  納豆風の軍艦巻きは、実はマッシュルームをみじん切りしたものである。
  『マッシュルームをみじん切りしただけでSUSHIになってしまうのか』
  妙に感心してしまう。

  次は無難に玉子。
  これは、ご飯の上に本物の玉子焼きがのっかり、海苔まで巻いてある。安ーいデリバリー寿司屋から買った寿司を食べ、残りを半日ほど置いて食べたような感じ。それでも寿司は寿司だ。

見かけは寿司

  そして最後が美しく照りの付いたマグロ。小生、刺身は苦手で、とくに赤身魚の刺身はみずから進んで食べようという気にはならないが、寿司だけは別。
  早速口の中へ。
  サックリとした食感。
  『もしかして・・・』
  マグロに見えたネタは、赤ピーマンである。しかもご丁寧にも皮をむいている。赤ピーマンの寿司など見たり聞いたりした日本人が何人いるだろう。これは青天の霹靂に近いものがある。 

  食べながらパッケージを読んでみると、それぞれは次のように記載されていた。
   2 Egg, 2 Red Pepper Nigiri
   2 Mushoom Gunkanmaki
   2 Egg Futomaki
   2 Ginger, 2 Cucumber Hosomaki
  なるほど、そのとおりだった。

  ところで、アバディーンで、SUSHIではなく生寿司が食べられるかといえば、残念ながらそれは限りなく不可能に近い。テスコなどの鮮魚コーナーには、時々生マグロがツナ・ステーキ(Tuna Steak)として売られているが、生で食べるような色はしていない(そもそも買う気にもならない)。また、生イカも手にはいるが、これもとても生では食べられそうにない(ボイルしてわさび醤油で食べるとそこそこに美味しいが)。
  しかし、海苔と寿司酢そしてわさびさえ調達できれば、手巻き寿司程度は食べることはできる(キッコーマン醤油はスーパーで販売している)。海苔とわさびも中華食材店キャンベルで販売しているときもある。我々は、海苔とタマノ井すしのこを大量に持ち込んだ。わさびはエディンバラの中華食材店中英行(パットチュン)で仕入れた。
  ネタは、ローストビーフ、スモークサーモンなど美味しいものが手に入る。小エビも手に入る(ボイルして蒸エビ風にする)。玉子焼きを作ったりする。キュウリやカイワレも容易に入手できる。これで十分。
  特筆すべきネタはネギトロもどきだ。これはオーストラリアに留学していた教え子が、わざわざメールで教えてくれたものだ。それは柔らかめのアボガドをつぶして寿司ネタにするというもの。『アボガドなど生でも美味しくないのに食えるわけないよ』と思っていたが、当地のネギ(分葱のようで香りが強く美味しい)とアボガドを混ぜて、手巻き寿司にして食べると、これが日本の安いネギトロよりはるかに美味しい。醤油に付けると、トロと同じように油がパッと広がる(植物性油なのでヘルシー)。これには名前があってカリフォルニア・ロールというらしい(こんなの誰が考えた?)。

  テスコのSUSHIは寿司には違いはないが、少なくとも日本の寿司ではない。Far Easternと書いてあった意味がわかったような気がする。極東風だが日本風とは書いてないわけだ。
  また、そんなものでも、積極的に商品にして販売している英国人のヘルシー指向にも恐れ入る。VEGETARIAN SUSHI BOXと書いてあるということは、肉魚は使ってないことを意味するが、それと同時に脂肪分が少ない(あるいは皆無)であることを表明しているようなものだ。必ずしもベジタリアンではない、太りすぎに気を使う人々に大いにアピールするわけだ。

  だがSUSHIを非難してはいけない。むしろ極東風であってもSUSHIを英国のスーパーが販売していることに喝采すべきだ。何故なら、東京や大阪以外の地方都市で、大規模スーパーがスコットランドの伝統料理のハギスを販売していることなどないし、もし日本でハギスが販売されたとしても、それを食したロバート・バーンズはきっとこう叫ぶハズだ、
  「私が愛したハギスは、決してこんな味ではない!」[06/Apr/2000]


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