これまでワークシートの上で、データを入力し、計算したりグラフを作成することを繰り返してきた。そこで作ってきたワークシートは、考えている問題の状況に対する1つの表現、あるいは、ある前提のもとで作った「計算モデル」ということができる。自然科学で行なう実験に対応することを、コンピュータの上に構築した「模擬実験」で行なう数値的実験法(シミュレーション)の研究分野が理論経済学や経営科学などの社会科学にも広くある。
表計算ソフトでは、データや式が変わっても容易に何度でも再計算ができるので、計算モデルの中で色々と条件を変えながら計算の様子を観察することができる。この章では、簡単な計算モデルを使って問題を考えると面白いことが分るということ紹介しながら、経営問題の分析へのExcelの活用法をいくつか例示しよう。
表計算ソフトの便利な点のひとつは、入力したデータをすぐにグラフ化できることである。しかし、表から作成したグラフは「最終の表示結果」と考えてしまってはいないだろうか。表計算ソフトでは、グラフのデータ系列をマウスで操作することによって、グラフを描く元になっている表のデータ系列を操作できる。
練習1: 積立預金の計算とグラフ
グラフ解法の準備として、まず、ある一定利率の複利で月々2万円を積み立てたら二年後にいくらになるか、を計算する。得られた表から折れ線グラフを作成する。この積立預金の年利率は 0.24 % とする。
計算モデルをワークシートに表現するプロセスを、2.2節と2.3節の復習になるが、説明する。
| A | B | C | D | E | F | G | H | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 月 | 元金合計 | 利子 | 元利合計 | 月々の積立金 | 20,000  | 
||
| 2 | 1  | 
20,000  | 
0  | 
20,000  | 
年利(%) | 0.24  | 
||
| 3 | 2  | 
40,000  | 
4  | 
40,004  | 
月の利率 | 0.02  | 
||
| 4 | 3  | 
60,000  | 
8  | 
60,012  | 
積立期間(月) | 24  | 
||
| 5 | 4  | 
80,000  | 
12  | 
80,024  | 
||||
略  | 
略  | 
略  | 
略  | 
|||||
| 21 | 20  | 
400,000  | 
76  | 
400,760  | 
||||
| 22 | 21  | 
420,000  | 
80  | 
420,840  | 
||||
| 23 | 22  | 
440,000  | 
84  | 
440,924  | 
||||
| 24 | 23  | 
460,000  | 
88  | 
461,012  | 
||||
| 25 | 24  | 
480,000  | 
92  | 
481,104  | 
  | 
  | 
もちろん、財務関数を用いれば計算式1つで最終結果を直接求めることができるが、このプロセスのように毎回の金額の持つ意味を考えながら数式に置き換え、必要な回数だけセル範囲にコピーしていく方が、計算過程が分かり考え易い。ワークシート全体を広く使いたい。
練習2: 積立預金のグラフ解法
毎月2万円の積立預金を2年間続けると481,104円になることが分っている。この積立預金で二年後に海外旅行に出かけるために50万円にしたい場合、月々いくらの積立をすればよいのだろうか。これをグラフの側から答えを求めてみよう。(参考書 6:日経PC21、1997年1月号,p.48より作成)
 図2: ゴールシークのダイアログ
結果:月に少し増やして20,820円だけ毎月積立をすれば、2年後に500,000円の預金ができることが分る。
効果的活用: こうしたゴールシークの機能は、2.3節で学んだように「ツール」メニューから直接呼び出すこともできるが、目標値の設定などはグラフを操作した方がわかりやすいことも多い。大学や企業の小会議などで発表する場合は特に効果的であろう。グラフは計算結果を視覚的に表現するだけではなく、全体を直感的に把握してから細部を見直す道具としても役立つものである。
ごく小さな企業の売上利益を計算するモデルを考える。それは以下のような一連の関係式で表されていると仮定する。この売上利益計算のモデルを使って将来の予測をする。(参考書11:真鍋龍太郎ほか、1.6節の例題5から作成)
練習3: 計算モデルの入力
次の表2では、1995年度(B列)の売上高、変動費率、人数、平均賃金と経費には実績値が与えられている。まずそれらの数値を入力する。 その他の数値(売上利益、売上原価、変動費、労務費)はそれぞれの右に書かれた計算式を入れた結果である。 これらの計算式は上の一連の関係式である。この企業の1995年の数値を実績データとして、今後1999年までの売上利益の見込みを計算しようとしている。
| 表2: A社の売上利益のモデル | 表3: A社の売上利益のモデル | ||||||||||
| A | B | C | A | B | C | D | E | F | |||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | A社 売上利益モデル | 1 | A社 売上利益モデル | ||||||||
| 2 | 2 | ||||||||||
| 3 | 年度 | 1995年 | 3 | 年度 | 1995年 | 1996年 | 1997年 | 1998年 | 1999年 | ||
| 4 | 売上高 | 28520  | 
4 | 売上高 | 28520  | 
31372  | 
=式 | 37960  | 
41756  | 
||
| 5 | (万円) | 5 | (万円) | ||||||||
| 6 | 売上原価 | 20930.6  | 
=B7+B9+B12 | 6 | 売上原価 | 20930.6  | 
23003.36  | 
28546  | 
31699  | 
||
| 7 | 変動費 | 10837.6  | 
=B4*B8 | 7 | 変動費 | 10837.6  | 
11921.36  | 
14425  | 
15867  | 
||
| 8 | 変動費率 | 0.38  | 
8 | 変動費率 | 0.38  | 
0.38  | 
=式 | 0.38  | 
0.38  | 
||
| 9 | 労務費 | 6408  | 
=B10*B11 | 9 | 労務費 | 6408  | 
7102.2  | 
9479  | 
10818  | 
||
| 10 | 人数 | 18  | 
10 | 人数 | 18  | 
19  | 
=式 | 23  | 
25  | 
||
| 11 | 平均賃金 | 356  | 
11 | 平均賃金 | 356  | 
373.8  | 
=式 | 412.1  | 
432.7  | 
||
| 12 | 経費 | 3685  | 
12 | 経費 | 3685  | 
3979.8  | 
=式 | 4642  | 
5013.4  | 
||
| 13 | 13 | ||||||||||
| 14 | 売上利益 | 7589.4  | 
=B4-B6 | 14 | 売上利益 | 7589.4  | 
8368.64  | 
9414  | 
10057  | 
||
| 15 | 売上利益率 % | 26.611  | 
=B14/B4*100 | 15 | 売上利益率 % | 26.611  | 
26.676  | 
24.80  | 
24.086  | 
||
| 16 | 16 | ||||||||||
| 17 | 売上伸び率 % | 10  | 
17 | 売上伸び率 % | 10  | 
||||||
| 18 | 人数増加率 % | 8  | 
18 | 人数増加率 % | 8  | 
||||||
| 19 | 賃金上昇率 % | 5  | 
19 | 賃金上昇率 % | 5  | 
||||||
| 20 | 経費上昇率 % | 8  | 
20 | 経費上昇率 %  | 
8  | 
||||||
注: 人数について説明しておこう。0.5を加えた上で、 INT ( … ) という数学関数で整数化(小数点以下を切り捨てる)することによって、 前年×(1+増加率)で求まる値を四捨五入して人数を求めている。
練習4: モデルの係数の値を動かす(What if分析)
 表3の5年間の結果を見ると、最後の1999年の売上高は現在の 1.46倍になるという見通しだが、これは売上伸び率を 10%に設定したので当然である。しかし、売上利益はそれより低い 1.32倍にとどまる見通しであるばかりでなく、売上利益率はむしろ下がる傾向になると予測されている。
 この計算モデルが毎年成り立つと仮定しての話だが、表3の結果を改善するにはどうしたらよいのだろうか。このモデルで変更できるのは伸び率や上昇率である。賃金のように社会の趨勢によるために変更しにくいものもあるが、人数とか経費とかのように、いわゆる経営努力で抑えられるものもある。
表計算ソフトは元来このような場合に、モデルのパラメータを変えて即座に再計算できるWhat if分析(条件を変えてif、新しい結果whatを計算する)の為に考案された。 そこで売上高の 10%の伸びは維持しつつ、売上利益率を 27 %にするにはどうすればよいか。または、1999年の売上利益を売上高の伸びと同じように現在の 1.46倍近くまでもっていくことが可能か。 この2つをB18〜B20の値を試行錯誤で変えてみて検討してみよう。
練習5: シナリオの登録と活用
What if 分析を行う場合、前提条件の項目が多いと様々な状況を想定してそれらの結果を比較することが容易ではなくなる。表計算ソフトには、前提条件の組合せを設定し、それぞれのケースで予想される結果を体系的に管理する「シナリオ管理機能」が用意されている。
次の3つのシナリオを登録する。
| 表4: | シナリオ | 当初予測(標準) | 経営効率化(経費抑制) | 人材育成(人件費抑制) | 
|---|---|---|---|---|
| 人数増加率 | 8 | 8 | 6 | |
| 賃金上昇率 | 5 | 5 | 5 | |
| 経費上昇率 | 8 | 2 | 8 | |
| -> 売上利益率% | -> 24.086 | -> 26.540 | -> 27.195 | 
  | 
  | 
  | 
  | 
ところで、実際の企業ではシナリオの数はもっと多くなるであろう。それらのシナリオを一覧して比較してみる必要が生じる。もちろんその為の機能も用意されている。
 
図6: シナリオの情報ダイアログ  | 
 
図7: シナリオの情報(結果)  | 
参考: 損益分岐点分析
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