一ヶ月雑感

 大連の緯度は北緯38度43分である。これはほぼ仙台に相当する。大連が位置する寮寧省あたりは、長春がある吉林省やハルピン市がある黒竜江省などを含めて、中国では東北地方という。仙台も日本の東北地方である。その関係かどうか知らないが、大連と仙台の間には、週に2便、直行便が飛んでいる。ちなみに、緯度上は、大連と仙台の間に、朝鮮半島の休戦ラインがある。


見知らぬ路地と高層ビル

 当地に来て、そして住んでみて、街並みは日本とそんなに違いがあるとは感じない。しいていえば、高層ビルに囲まれた一角に、開発に取り残された古いアパートなどがあったり、メインストリートをちょっと外れると、混沌とした地域があったりと、上下・貧富の差が激しいのだろうなと思われるものはある。しかし、これはやがて開発が進めば解消されることであろう。
 街を歩いていて、歴史を感じさせるものはほとんどない。中心部のあちこちで、ショベルカーが土を掘り下げ、新しい建物を建築している。中国の歴史の長さからいって、何か恐ろしく古いものが残されていると思われるが、目に付くのは、中山広場周辺の日本の占領時代の建物ぐらいである(当地では、日本が設立した傀儡国を偽満州国と表現するらしい)。
 大連は、比較的きれいな街である。街のあちこちに、ゴミを拾って歩く制服を着た女性の姿を見かける。英国にもいたが、そういった人たちがこまめにゴミを片付けているので、街自体がきれいに保たれているのだろう。とはいっても、許せないのは、男も女も、平気でツバ(タン)を吐くということ。これが非常に多い。ホントに多い。せっかくきれいな街並みなのに、近くで何人かにそれをやられると『行儀悪いなぁ』と思ってしまう。

 一方、よく目にするのは、食堂である。食は中国にあり、を実感する。メインストリートはいうに及ばず、路地裏にも小さな食堂がある。だいたいが「快餐」の字を掲げている。中日辞典を見れば、いわゆるファストフードの意味である。ファストフードと断ることもなく、中国の料理はほとんどすべてがファストフードであるといえないこともない。とにかく注文して料理が出てくるまでが早い。炸(zha2、揚げもの)・炒(chao3、炒めもの)・拌(ban4、混ぜ合わせたもの)などの違いはあるが、5分もすれば大皿で料理が運ばれてくる。小生、お昼によく食べるのは拉面。これも早い。そして量が多い。拉面とはいっても、中華そばやみそラーメンの麺ではない。たとえれば、乾燥したうどんと同じ。歯触りもうどんそのもの。スープは、そばやうどんのスープのような感じ。その上にチャーシューや野菜が乗っかっている。うまいといえばうまい。日本のラーメンが食べたくなるといえばそのとおりだ。似て非なるものとはこのことをいうのだろうな、きっと。
 その食堂。いったい何時から営業してるのだろうと思うほど開店が早い。
 小生の場合、大外の学食を利用する機会が多いので、朝早くから外に出ることはないが、大外の学食も、7時には営業しているし(朝は決まってお粥)、8時半頃締めて、また11頃再開。1時半頃締めて、夕方から営業再開。学生はほとんどが寮生活を送っているので、朝、昼、晩と食事にありつけなければ困るわけで、大外学食の営業時間はそういった学生のためなのかもしれない。しかし、朝食後散歩がてら近所を歩くと(8時頃)、すでに営業している食堂がある。たとえば、群英超市に併設のファストフード店Acasia(これって日本語読み?)は朝6時30分から営業、クローズは9時である(このAcasiaは市内各所にあるチェーン店)。
 そして驚くのは、食事の時間など関係ないということだ。午前10時であれ、午後3時であれ、それぞれのおなかの空き具合に合わせて、ご飯を食べている。おやつなどというものではない。ちゃんとしたご飯(しかも量が多い)を食べているのである。

 さて、大外は土日は講義がない。これ自体は不思議ではない。しかし、校舎の入り口の扉がクローズすることはない。土日でも学生は校舎内に入り、教室で夜遅くまで(図書館は夜9時まで、校舎は10時頃まで)自習している。
 土日に街に出てみると、さすがに人出は平日より多い。店もにぎわいを見せている。


大外正門脇にある中国建設銀行

 驚くのは、たとえ土日といえども、銀行も郵便局も営業しているということである。たとえば、中国銀行は、平日は朝8時30分から午後4時30分まで、土日は朝9時から午後3時30分までの営業である。小生が口座を開いた中国建設銀行延安路儲蓄所(支店)は、案内を見る限り、土日なく朝8時30分から午後4時30分までの営業である。ATMは24時間使えそうである。郵便局もしかりである。
 スーパーなども、朝8時には開店する。よく買い物に行く群英超市は朝8時開店、夜8時30分までである。最近は日本でも9時開店のスーパーもあるが、8時開店というのは珍しいのではないだろうか。もちろん、あちこちにできる朝市はもっと早い。7時には人だかりができている(大外の裏手に朝市がたち、大外から見ることができる)。

 街には物売りの声が響く。自転車あるいはリヤカーに何かを積んで何かを売っている。あるいは何かを修理する道具を積んでいる者もいる(何といっているか中国語がわからないのが悔しい)。また、時節柄だろう、石焼きいもの行商もいる。大外近くにいるのは、まだ小学生か中学生ぐらいの子供である。
 大外の賓館を出ると、すぐ坂道がある。小生、その名前から密かに「キリン坂」と読んでいる(本当は麒麟東巷という名前)。左手に降りていくと、歩道にも行商が品物を並べている。たとえば果物や野菜。たとえばブロマイドや本など。中には修理屋もあり、靴から鞄までなんでも直してくれそうな気配。そしてこの坂道には、まさにファストフードともいうべき食べ物を売っている小屋もある(屋台ではない。ひと一人入るほどの屋根付きの小屋)。そこでは、クレープのようなものや串焼き、果てはイカ焼きまで売っている(だいたい一元らしい)。

大外賓館から見下ろした「キリン坂」 下から見た「キリン坂」

『恒力』と書いてある三輪ミニタクシー。
ハンドルはオートバイのようになっている。

 困るのは人と自動車の関係。
 大連には自転車は非常に少ない。自転車に乗っている人を見ると珍しいと思うほどである。聞けば、大連は坂が多いので自転車より自動車の方が主流になったという。中国といえば自転車というのは、北京の風景をいうらしい。
 ところで英国では、歩行者が圧倒的に強かった。横断歩道が赤信号で道路を横断しても、自動車は必ず停まってくれた。ゼブラクロッシングといわれるポールのある横断歩道に立てば、自動車は必ず停まってくれた。小生など、歩行者のマナーの悪さを嘆いたほどであった。
 しかし、当地では人も人なら自動車も自動車だ(自動車を運転しているのは人なのでやっぱり人の問題か)。
 まず戸惑うのは、日本と交通法規が逆であること。これはアメリカと同じなのだろう。とはいえこれは慣れれば問題ない。
 最大の問題は、自動車優先とも思われる運転マナーにある(やっぱり人の問題だ)。はじめは、横断歩道のない大外前の変形交差点をわたることができなかった。左右から前から自動車が来る。往来が途切れることはない。どうするか。慣れている学生たちは、左から自動車が来ないのを確かめてまず道路の中央まで進み、右から来る自動車をやり過ごして横断していたのである。すごいワザ!
 横断歩道があっても赤・緑の信号など関係ない。歩行者は自動車がすぐ近くに来ない限り横断する。自動車も、人にぶつからない程度に通行する。
 自動車同士でも優先権争いは激しい。大連はタクシーが驚くほど多いが、タクシー同士で先を争うこともしばしばだ。
 通行している道路で、先頭の自動車が停まったりするものなら、後続の運転手は激しくクラクションを鳴らす。日本ではクラクションは久しく聞いていないので、数台の自動車がクラクションを鳴らすと、何事かと驚いてしまう。
 当地では自動車優先なのだろうか。それにしても、そんな中で重大な交通事故をあまり見ないというのも不思議だ。

 多少の不自由さはあっても、生活それ自体には驚くほどの感動・感激はわかない。その大きな理由は、中華料理は安くて美味しいのでまず食欲が満たされること。そして、大連は大都会であると同時に、日本の品物が、日本で生活しているのと変わらないぐらい手に入るという環境にあるようだ。
 近くの群英超市はかつてはダイエーだったので、数は少ないながら日本でおなじみの食品類を販売している。たとえば、海苔(味付け海苔まである)。たとえばカレールウやククレカレー。


邁凱楽(マイカル)大連商場

 また、マイカルにいけば、店内では日本語のアナウンスが流れ、どの階にも日本から輸入した品物があふれている。マイカルの一階には回転寿司、みそラーメンやしょうゆラーメンを売るファストフード店、地下の食料品売り場には、日本のスーパーの食料品売り場と変わらないほどの日本製品が並んでいる。いや、当然中国製品もあるのだから、日本のスーパーをしのぐ品揃えだ。さらに、マイカルの近くの太平洋百貨(デパート)の地下には、牛丼の吉野屋も大きな店舗を構えているのである。英国に滞在していたときには、日本の食材を探すのに苦労したもので、しょうゆ一瓶でも入手できたときにはうれしかったものだが、大連では、そういった感動は味わえそうにはない。これはいいかえれば、中国語を知らない日本人でも安心して生活できるということでもある(ただし、日本のものは一様に高価である。日本で買う価格と変わらないと考えればいいだろうか。これはネイティブにはちょっと手が出ないほどの価格である)。小生、大連では禁欲的に生きてみようと考え(ま、当地流に、ということです)、日本の食材は、なるべく買わないようにしているが、それでもマイカルで寿司を買ってしまった。一度食べてしまうと『また食べたいなあ』と思ってしまうから厄介だ(意思が弱いなあ)。

 この一ヶ月。たんたんと過ぎてしまったといった感じだ(そしてこの後も、たんたんと過ぎていくんだろうな、きっと)。[27/Mar/2002]

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