中間評価
大外での講義も8週を終えた。ゴールデン・ウィークに入ったため講義は小休止となった。日本でならば、4月に講義が始まってほぼ半月ほどでゴールデン・ウィークを迎えるが、当地では3月のはじめから講義が始まったので、ゴールデン・ウィークはこの学期のちょうど中間点である。
最初の週に、出席状況を確認するためと、学生の自己紹介、講義に対する希望などを知るために、30分ほどの時間を割いて指定の用紙に書いてもらった。そしてまた、ゴールデン・ウィークに入る前の週に、各クラスの出席状況を確認するためと、講義の感想、これからの講義に対する要望を聞くために、30分ほどの時間を利用して学生に簡単な評価を書いてもらった(用紙は最初の週で使用したものを利用)。
1.講義がラクになった理由
最初の数回は、どのクラスも学生が迫ってくるようにいて、威圧感を感じたものである。しかし4月に入ってずいぶん講義展開がラクになった。それは出席者数が大幅に減少したためである。
下記の表は最初の時間に回収した自己紹介用紙から集計した出席者数である。
2年生 | 月曜日 | 水曜日 | 金曜日 | 合計 | 3年生 | 火曜日 | 木曜日1 | 木曜日2 | 合計 | |
履修者数 | 182 | 188 | 123 | 493 | 履修者数 | 157 | 141 | 143 | 441 | |
出席者数 | 158 | 178 | 114 | 450 | 出席者数 | 128 | 77 | 104 | 309 | |
出席率 | 86.8% | 94.7% | 92.7% | 91.3% | 出席率 | 81.5% | 54.6% | 72.7% | 70.0% |
2年生のクラスを受講している韓国語学院の学生で日本語も勉強している学生(メジャー韓国語、マイナー日本語、5年間でふたつの学位を取得する学生)は、水曜日の講義に出席しており、名簿がないので出席者数を加算した(後日、実数を教務処で確認したところ24名が履修しているとのことだった)。
また、3年生のクラスを受講している大連理工大学で勉強した学生は、1998年級の2クラス(9班と10班、各22名)で、本来ならば4年生で今年卒業である。しかし2年目と3年目を理工大で経営管理学を学び、昨年9月に大外に復帰したため、卒業は現在の3年生と同じ来年7月ということになる。彼らは火曜日のクラスに入っている(メジャー日本語、マイナー経営管理学ということらしい)。
また、木曜日1のクラスは、極端に出席者数が少ないが、あとで学生に話を聞けば、すでに日本に留学している、あるいは4月から日本の留学する学生が多く、出席できないということであった。いずれにしても、2年生では9割以上、3年生でも7割近い学生が出席していたのであった。これらの学生が大教室に入っていたのだから威圧感もあるというものだ。
ところで、小生、勤務先では、履修者数も少ないということから毎時間出欠確認をしていた。これはこれで学生からブーブーいわれたりして、あまり歓迎されなかったようだが、当地では、履修者数も多く、日本よりは学習意欲が高いだろうと思ったため、出欠確認はまったく行っていなかった(今後もその予定はない)。
しかし、である。
8回目が終了した時点での出席率は次のようになっていた。
2年生 | 月曜日 | 水曜日 | 金曜日 | 合計 | 3年生 | 火曜日 | 木曜日1 | 木曜日2 | 合計 | |
履修者数 | 182 | 188 | 123 | 493 | 履修者数 | 157 | 141 | 143 | 441 | |
出席者数 | 116 | 139 | 59 | 314 | 出席者数 | 76 | 67 | 93 | 236 | |
出席率 | 63.7% | 73.9% | 48.0% | 63.7% | 出席率 | 48.4% | 47.5% | 65.0% | 53.5% |
ここで、2年生の金曜日の出席者数が極端に低いが、これは当日、ひとつ前の講義(ヒヤリング)でビデオを見たため、そのクラスの学生が引き続きビデオ鑑賞をしていて、小生の講義を欠席したことによる(ということもあり得る状態)。
ところで、毎年12月に日本語能力検定1級の試験が行われる。1級に合格することが卒業の最低要件になっているという。
大外では、3年生になった学生が受験することになる。小生が受け持った3年生は、すでにその試験を受け、合否と得点がわかっている。
以前聞いた3年生数人の話では、今年の3年生の1級合格率は学生数の60%ぐらいではないかとのことだった。
この話を聞いて、『ということは3年生で欠席している学生はまだ1級に合格していない学生かな』と勝手に想像していた。
今回の出席率は、妙に小生の想像を裏付ける数値になった。何の因果関係もないのかもしれないが、出席率が60%に近いといえば近い数値のように思われる(講義に出席している学生数名に聞いたところ、全員1級に合格していた)。
そして、3年生の236名という実出席者数も意味深な数字である。
現在の4年生は240名程度である。そして、3年生によれば、4年生はみんな勉強ができるという。また4年生に聞けば、1級に合格していない学生もいるものの、その数は非常に少ないという。
ということは、学生数が450名であったとしても、一所懸命勉強する学生は依然として250名程度なのではないかと思えてくる(これまた何の因果もないのかもしれないけれど)。
ある学生は「先生の授業はまだいいですよ。大教室を使う他の先生の授業は、内容も難しいのですけれど、毎回20人ぐらいしか出席しません」といっていた。また別の学生は「出欠確認をすれば出席者が増えますよ」ともいっていた。日本の学生と同じ思考パターン。『これでいいのだろうか』と思ってしまう。
2.講義スタイルに対する反省
講義スタイルは、結果的に日本と同じスタイルになった。
最初の時間に、講義の最後20分ほどは自由に話し合う時間をもつので、その時間にまとめて質問してもいいし、話の途中で質問があればどんどん質問してほしいと伝えてはいた。しかし、2〜3回の講義でめだった質問は出なかったので、結局ほぼ90分間小生が話し続ける講義スタイルが定着した。
しかし、8回目に行った学生の授業評価の中には、もっと学生が参加できる(話ができる)講義にしてほしいという意見が、2年生にも3年生にもあった。
これは、取り立てて質問することはない、しかし、講義に参加したいという学生の意思である。
2年生の講義で、名刺を採り上げたことがあった。
日本流の名刺の受け渡し方について説明したあと、実際に学生を前に呼んで実演してもらった。この時は、出席者すべてが興味津々で友達の所作やセリフを見ていたし、実演した学生たちも真剣そのものだった。授業評価でも、この時のことが印象深く残っていると書いていた学生が多かった。
また、風呂敷の使い方を講義したこともある(この風呂敷、実はおみやげ用に持参したものだったが、渡すことなく持っていたもの)。
3年生は、風呂敷という言葉は知っていたものの、どのように使うのか知らなかったので、実際に風呂敷を見て、その使い方を示してもらって良かったとのコメントがあった。
3.意識の差
当初、副院長から指示されたことは、「2年生は教科書の大事なところをゆっくり読んで、内容を解説して下さい」ということ、3年生は「先生の好きなように(専門分野を織り交ぜて)日本の文化について話して下さい」ということだった。
【2年生】
2年生用にもらった教科書は馬風鳴・劉桂敏編『現代日本人的風俗習慣』(大連理工大学出版社、2001年3月、18元)であった。
この教科書、日本語で説明が書かれていて、そのあとに中国語でも同じ内容が書かれているという、日中対照形式になっている。ちなみに、日本でI先生から紹介してもらった、新日鐵編『日本 姿と心(改訂版)』(学生社、1999年、1,950円+税)と同じスタイルである(実は、内容的にもほぼ同じ部分がある。どちらがオリジナルかは、問わないことにしよう)。
最初の回を終わったところで、2年生は、日本語能力はまだ不十分であると感じた小生は、とにかく教科書をゆっくり読むことにつとめ、漢字の読みを解説し、そのあと、その内容にまつわる話題を話すことにした。ヒヤリングとリーディングに力を入れた講義を目標にしたのであった。
しかし、学生のコメントでは、「教科書の内容は古すぎる」「教科書は読めばわかる、教科書以外のことを知りたい」「日本の現在の若者のことを知りたい」などの意見が少なからずあった。小生の目標と学生の意識との差である。
とはいえ、気付いたこともある。
「教科書の内容が古い」という表現は、必ずしも正しい表現ではないということだ。学生がいいたいことは「教科書に書いてある日本の風俗習慣はあまりに伝統的すぎる」ということ。たしかに、現在では省略してしまっている事柄や日本人が意識しない習慣など、実に詳しく記載されている。しかし、伝統的な風俗習慣を知ることは不要であるとは思わないし、日本人の精神構造を知る上では必要なことではないかと思っている。
また、「教科書は読めばわかる、教科書以外のことを知りたい」という意見は、少数の日本語能力の高い学生のセリフであって、多くの学生は教科書が真っ黒になるほど、書き込みをしている(とくに漢字の読み方)のを見ると、大幅に教科書の内容からはずれることはできないように思う(彼らはこれから日本語検定を受けるのだから、知識の蓄積が必要な時期だと思う)。
【3年生】
3年生には、日本で作ってきたオリジナルの資料を毎時間配付して、それに基づいて講義を展開している。
大雑把にいえば、日本の学年暦にしたがって、4月から始まって翌年の3月までの日本の月ごとの話題を、一話完結で紹介する内容である。ゴールデン・ウィークの前までに、9月の話題まで終わっていた。
資料の基本方針は、できるだけ新しいデータを紹介すること。そのデータは「お金」に関することが多い(多少、小生の専門の影響のあらわれ?)。それらのデータに基づいて得られる情報を読み解くというスタイル。3年生は日本語能力が高いので、話のスピードも日本での講義と同じ速さでも大丈夫だ。
このスタイルはおおむね好評だったが、中には「講義に連続性がない」との意見もあった。それはたしかである。一話完結でさまざまな話題を提供しているため、4月から3月までの全体的な流れという点では連続性はあるものの、月ごとの内容であるがために先週の内容と今週の内容がつながらない。『欲張りすぎたかな』と反省。
また、3年生の中にも、「日本の風俗習慣を知りたい」「日本の文学について知りたい」「日本の文化について知りたい」(ちなみに小生が担当している科目名は「日本の文化」!)という学生もいる。これらの内容を少しずつ紹介しているつもりだが、もっと時間をかけて採り上げてほしいということなのかもしれない(だとすれば残念ながら小生にはできない)。
さらに、学生のニーズという点では、経済学、経営学に対するニーズが、予想以上に高い。「日本語ができるだけではいい就職先に就職できない」というのがその理由(現在の中国では、日本語ができるということは、すでに就職の有力な武器にはならないらしい)。貿易、経営管理などの体系的な知識を知りたいという学生が多い。しかし学生には基礎的な知識がないために、何をどのように勉強したらいいかがわからないため、結局手つかずの状態にある。とはいえ、すべての学生がそのような欲求を持っていれば本腰を入れて専門的な講義をしてもいいが、そうもいかないのが、チト困る。
4.大いに受ける
2年生にも3年生にも、毎回、講義の最初に、10分ほどの時間を使って、現在使われている省略語や流行語を一つずつ紹介した。これについては、「若者のことばを知ることができてうれしい」「辞書に載ってない生きたことばを教えてくれて役立った」など、どの学生のコメントでも非常に好意的だった。
これまでの講義に紹介したことばは、「エンレン」「チョー(超)」「ケンタ・ケンフラ・マクド」「デパ地下」「きもい・はずい・むずい」「チョベリバ」「マジ・マジムカ」「激うま・激辛」など。もっとも受けたのは「エンレン」(漢字で遠距離恋愛と書けばすぐわかる)。使用頻度の多さでは「チョー」(これはもともと漢字だからね)。
「それらの省略語や流行語は、必ずしもいいことばや表現ではないので、知識として知っていてもいいけど、あまり使わない方がいいよ」と忠告したものの、「使うな」という方がムリな話。「私、エンレンなんです」「チョーむずい」「激うま!」「マジですか」など、日常的な会話で聞くことが多くなった。ま、習うより慣れろということばもあるのだし・・・。
でも反省・・・多くのまじめな日本語教師の皆さん、変な日本語を教えたのは小生です。対不起!
5.受講態度
あるクラスでは、「先生の講義は人気があるので前の席を確保するのがむずかしい」という、うれしい声も聞かれたが、学生の受講態度はさまざまだ。
ある意味で日本と同じ。これは最初の時間にも見られたことだが、大あくびをする学生(女子学生でも決して口を押さえることはない)、始まったと同時に「睡眠学習」に入る学生など、数は少ないながら、受講者が多い分だけ、そういった学生が目立つ。
日本と同じように「小生が話をしている時には友達とおしゃべりはしないように」と注意しておいたが、4月の中旬、2年生のあるクラスのおしゃべりがひどかったので、「今度おしゃべりがひどい時にはその学生には出ていってもらうよ」と強く注意したこともあった。
おしゃべりの原因はいろいろ考えられる。
2年生のクラスにおしゃべりが多いということから、小生の話す日本語が理解できない、内容がつまらないということなどが主な原因なのではないかと思う。これらを解決することは、実は非常に難しい。前者は学生の日本語能力に結構大きな差があること(とくに2年生は顕著)、後者は、先にも触れたように、教科書の内容理解という小生の意識と学生の意識に差があることに起因する。
それでもゴールデン・ウィークあけには、もう少し工夫しようと思案中。[11/May/2002]