メタ認知と認知能力の関わりが精神遅滞児の言語学習に及ぼす影響


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中嶋正実

【目 的】

 「精神遅滞児の認知活動上の主要な問題がメタ認知的な技能にある」という見解が示されている(Brown,1978)。
精神遅滞児の認知活動上の主要な困難点をメタ認知的技能に求める研究は、その刺激材料が全く任意な単語や数字である。 記銘材料として有意味的な繋がりを用いて、その記憶・理解がどのように関わっていくのかについても検討されてはいるが(Borkowski&Vahagen,1984)その数は少ない。本研究では、有意味的な繋がりを持つ刺激材料として、ITPA言語学習能力検査の下位項目を用いる。つまり本研究では、「言語の習得・学習」という枠組みの中で、メタ認知的な諸要因と認知能力が精神遅滞児の学習にどのように影響を及ぼすのかなどを検討する。
本研究で行なうメタ認知の測定方法及び定義としては、長水(2000)が作成し、高等専門学校生に対して行なった数学のメタ認知調査を本実験用に改良して定義を行なった。つまりメタ認知を「メタ認知態度」・「メタ認知方略」・「メタ認知実行」の三つに分けて定義する。
 即ちメタ認知態度とは「問題に対する好き嫌い・自信などの態度」、メタ認知方略とは「問題への取り組みに対する考え方」、メタ認知実行とは「問題に対して実際に行った行動」の三つに分けて定義する。 また検討結果により、精神遅滞児の言語学習能力を向上させるための具体的な課題内容と援助方法についても考察を行なう。

【方法】

被験者:健常児 13名(6〜8歳)
精神遅滞児 5名(13〜15歳)
実験形式:学校及び学童保育所のプレイルームにおける個人実験で行い、児童の様子をビデオで記録した。
手続き:@田中ビネー式発達検査を行った。
     AITPA言語学習能力検査を行った。
B実験者が作成したメタ認知検査用紙を用いて、
被験児達のメタ認知態度・メタ認知方略・メタ認知実行をそれぞれ調査した。

【結果・考察】

 精神遅滞児と健常児のIQ・メタ認知諸能力に差異があるのかどうかを調べるためにt検定を行った。その結果、IQが健常児の方が精神遅滞児よりも有意に高かった。メタ認知態度ではB「クイズは簡単だった」・メタ認知態度D「問題が出来ても合っているか自信が無かった」・メタ認知態度合計において、健常児が精神遅滞児よりも有意に高かった。また精神遅滞児と健常児ではメタ認知方略に有意差が見られなかった。 またメタ認知実行ではメタ認知実行B「分からなくなったら別の方法でやった」が有意に高かった。
言語学習能力に認知能力(精神遅滞の有無)・メタ認知態度・メタ認知方略・メタ認知実行がどのように影響を及ぼしているかを調べるために、重回帰分析を行った。
 その結果、精神遅滞児は@聴覚-音声回路を使うよりも視覚-運動回路の方を使う方が得意である、A表出水準(ものの意味を伝える表象を扱う、複雑且つ高度な水準)よりも自動水準(習慣によって強く組織化され統合されていて、あまり意識しなくても反応が自動的に行われる水準)の方が得意である、の2点を挙げた。
 また精神遅滞児のメタ認知能力を高めるための援助方法として、@成功体験を出来るだけ多く経験させるA具体的な場面での学習を多く行なうB対象児の注意力をコントロールし、実際に別の方法を実施して見せる、の3点を挙げた。以上を踏まえて、精神遅滞児の言語学習に対する具体的な課題内容と援助方法について述べていく。
言葉を学習する際にまず求められる能力が、感覚器を使って言葉を自身に入力することである。精神遅滞児は言葉を自身に入力する際に、聴覚よりも視覚で行なう方が得意である。また入力された言葉を理解する過程においては、複雑な思考を用いて理解することが苦手であるために、単純・自動的思考を用いて理解しようとする。また理解した言葉を表出する際には、音声を使って表出するよりも体全体を使って表出することが得意である。
 この事から、精神遅滞児の言語学習能力を向上させる課題の内容としては、絵などの「具体的且つ視覚」に訴え、同時に対象児の興味を引くものが適切だと思われる。また絵など「具体的且つ視覚」に訴えるものであれば、精神遅滞児が自身の言葉の理解を示す際にも、手指しなどの体を使って行なう表現で示すことが出来る。
また教育・療育者が行なうべき援助方法としては、@精神遅滞児の能力を適切に見極め、成功体験を経験しやすくする。A具体的な場面を出来るだけ数多く設定し学習させる。B対象児の注意力をコントロールし、実際に別の方法を実施して見せることが挙げられる。 このような課題内容と援助方法を用いることによって、精神遅滞児の言語学習能力を向上させることができるものと考えられる。

(指導教員 豊村和真教授)