自閉傾向児のコミュニケーション発達の援助・事例研究
−要求行動・要求言語をのばす試み−
9807029
河西 明美
[目 的]
コミュニケーションの障害は,自閉症の中核をなす障害の一つである。
従来から,発語やコミュニケーション行動のオペラント水準が低い自閉症児には,主として「要求行動」が標的行動として選択されてきた。それは,要求行動が直接自己の要求に基づく行動であり,その生起によって自己の欲求が満たされることで維持される行動であるため,その機能性が高い行動であること。また,要求や抗議といった他者の行動を統制するようなコミュニケーション行動のほうが,早い段階で出現し,その獲得も容易であるからである。
さらに,行動誘発型の方法の導入は,各刺激に対する反応性の向上や非言語コミュニケーションの能力の改善にも有効と考えられている。
そこで下記の仮説をたて,仮説の考察をするとともに,自閉症児のコミュニケーション行動に有効な発達援助を検討する。
仮説1:発語の少ない自閉傾向のある幼児(以下対象児)に対し,要求行動が出てきそうな機会を利用し,ジェスチャーや言葉かけで働きかけることにより,対象児の要求行動・要求言語の表出が増加するだろう。
仮説2:要求行動・要求言語の増加は,対象児のコミュニケーション行動の発達に効果をおよぼすだろう。
[方 法]
北海道の相談室に参加する女児N(指導開始時3歳10ケ月)を対象とし,4月から11月の間,相談室のプレイ全体を通し,標的要求行動を5つ(「アケテ」「モウイッカイ」「カシテ」「チョウダイ」「トッテ」)決め,それぞれの要求行動・要求言語が出そうな機会を利用し,ジェスチャーや言葉かけで働きかけ,対象児の要求行動・要求言語の変化とコミュニケーション行動の変化を記録する。
アセスメントには,遠城寺式発達検査,太田のStage評価表,乳幼児のコミュニケーションアセスメント(ASC)を用いる。
[結果・考察]
仮説1について,標的要求行動5つのうち,「アケテ」「モウイッカイ」は自発的な要求言語がみられるようになった。「カシテ」「チョウダイ」「トッテ」は要求行動・要求言語が共に形成されなかった。
以上5つの標的要求行動を比較すると,機会を利用した働きかけは要求行動・要求言語の表出に有効ではあるが,要求対象物が対象児にとって強い強化機能を持つ強化刺激であること,大人の援助がなければ遂行できない(自己充足できない)行動であること,高い頻度で出現する要求行動であることなどの条件が揃わなければ効果が薄いと考えられる。
仮説2について,乳幼児のコミュニケーションアセスメント(ASC)の結果から,対象児のコミュニケーションの能力は全般的に発達しており,一応の効果はあったと考えられる。しかし,早い段階で対象児が要求行動・要求言語,並びに他の発語を表出するようになった背景には,対象児がこのような言語使用の基礎的スキルと表出に十分な語彙数を獲得していたと考えられる。つまり,認知面での発達が関与していたと推測され,要求行動・要求言語の増加とコミュニケーション行動の発達との直接的な因果関係は証明できなかった。
さらに,対象児の全体的な変化をおってみると,指導の初期では指導者(筆者)に,警戒的,回避的な態度をとっていたのに対し,指導回数が増えるに従い指導者に愛着行動を見せるようになり,それと共にコミュニケーション行動も広がりをみせていったことから,コミュニケーションの発達には,愛着の深まりが関与しるていと考えられる。
これらのことから,コミュニケーション行動を伸ばす試みには,コミュニケーション面の働きかけと同時に,認知の発達ヘの働きかけと情動面ヘの働きかけが必要であると考えられる。
(指導教員 豊村 和真 教授)