ポジティブ・イリュージョンと精神的健康の関連性
―中学生・高校生・大学生を対象に―
0207061
高澤 昌代
【目 的】
近年,自分の都合のいいように偏った認識こそが人が精神的適応的に生きていくうえで必要であるとする「ポジティブ・イリュージョン」(positive illusion)の考え方が注目され,日本においてもさまざまな研究が行われている。しかし,調査対象に偏りがみられるため,「ポジティブ・イリュージョン」現象がどの年齢にも等しく起こるものであるのかはわかっていない。また,「ポジティブ・イリュージョン」に焦点を当てて自己認知と精神的健康との関連を直接扱っている研究の数もそう多くはない。そのため,学年の違いによる「ポジティブ・イリュージョン」の形成や発達,変化とそれに伴った精神的健康との関連を扱った研究もまた少ないと考えられる。
そこで,本研究では青年期に相当する中学生・高校生・大学生を対象に,「ポジティブ・イリュージョン」現象の出現傾向を調べるとともに,精神的健康との関連性を検討することを目的として調査を行った。
【方 法】
自己認知に関する尺度として,外山・桜井(2000a)において用いられた「自己」,「楽観主義」,「統制」の3領域に関する計37項目,外山・桜井(2000b)において用いられた「自己」領域25項目,戸田ら(2003)において用いられた3領域,計45項目を参考に修正を加え予備調査を実施した。その結果から,「自己」20項目,「楽観主義」15項目,「統制」15項目を採用し本調査を行った。精神的健康を測定する尺度は,BDI(Beck Depression Inventory)の日本語版(林・瀧本,1988a;1991)のうち,14項目を採用した。
調査対象者は,札幌市在住の中学1年生68名(男性30名,女性38名),中学2年生56名(男性29名,女性27名),高校1年生101名(男性42名,女性58名,不明1名),高校2年生104名(男性33名,女性71名),大学生219名(男性79名,女性140名),計548名(男性213名,女性334名,不明1名)だった。
調査時期は,2005年10月下旬〜11月下旬であった。
【結果と考察】
「ポジティブ(ネガティブ)・イリュージョン」の出現傾向であるが,高校生・大学生においてはおおむね先行研究と同じ結果が得られ,「自己」領域では調和性,誠実性といった日本人に独特の文化的影響を受けた側面において自己高揚的な認知が行われていた。ただし,中学1年生と高校1年生では調和性,誠実性の側面に自己高揚的な認知はあまり見られなかった。また,「楽観主義」領域のネガティブイベントにおいて「ポジティブ・イリュージョン」が多数確認されたことから,自分の人生をいいものとは捉えにくいが,悪いとも捉えにくいということが本研究にも言えるだろう。
中学生のみが他の2つの学生とは違った傾向を示したことから,「ポジティブ(ネガティブ)・イリュージョン」の出現傾向が定まってくるのは高校生あたりからであることが示唆された。「統制」領域においても,中学生ではすべてマイナスであったのが,高校生からプラスの認知がなされていたため,自身の統制能力を人並み,または肯定的に見られるのは高校生くらいの年齢であると思われる。
精神的健康との関連性については,中学生・高校生・大学生を通して,「ポジティブ・イリュージョン」が生じやすい側面においても,「ネガティブ・イリュージョン」が生じやすい側面においても,自己卑下的な認知をする人が最も抑うつ傾向が高いことが示された。しかし,人並み認知をしている人と自己高揚的な認知をしている人の間には差はなく,むしろ人並み認知をしている人のほうが,抑うつ傾向が低い結果さえ得られた。これは,集団の中で自分をその他大勢としているほうが,他者との摩擦が少ないために抑うつ傾向が低いのかもしれない。本研究の結果では,中学生・高校生・大学生に関係なく,本当に高揚的な自己認知が精神的健康を良好な状態に保ち,促進しているとは言い難い。むしろネガティブな認知をしないことが精神的健康と関連しているといったほうが妥当であるかもしれない。
(指導教員 豊村 和真 教授)