] 抑うつの程度が記憶に及ぼす影響 0107011 石川 和美


] 0107011  石川 和美

] 【目的】 本研究は、抑うつ傾向の程度が軽度である一般学生を被験者として記憶課題を実施することで、抑うつの程度が記憶に及ぼす影響を検討するため、以下の3つの仮説を立て、仮説検証的に分析・考察を展開した。 仮説@:抑うつの程度に関わらず、自己準拠効果が生じる(記憶成績が音韻処理<意味処理<自己準拠の順になる) 仮説A:抑うつの程度が高いほど、記憶成績がネガティブな内容に偏る(質問の水準が自己関連的になるほど、抑うつ傾向の高い者は、ネガティブな内容の記憶成績がすぐれる) 仮説B:性差が生じる
【方法】 一般大学生120名(女性66名、男性54名)を対象にして、記憶課題とBeck Depression Inventoryの日本語版(林・塚本,1987)を、冊子回答形式で行なった。この記憶課題とは、刺激として性格表現用語を呈示し、その呈示語に対して、それに続く音韻水準、意味水準、自己準拠の3つの水準のいずれかの質問に回答していき、すべての呈示語への回答が終了した後に、呈示語の再認課題を行うことで、質問の性質が記憶に及ぼす影響を調べるものである。3つの質問水準の一つ目は、呈示語が別の単語と同じ韻を踏むか否かを尋ねる音韻水準、二つ目が呈示語の意味を尋ねる意味水準、最後に呈示語が自分に当てはまるか否かを尋ねた自己準拠水準である。被験者は各質問に、「はい」か「いいえ」で回答した。呈示語は音韻水準、意味水準、自己準拠水準、それぞれ10語用意し、各水準において呈示語の意味内容から、ポジティブ内容・ネガティブ内容が半数ずつとなるようにした。学習課題と抑うつ傾向を分類するBeck Depression Inventoryへの回答が終了したところで、予告なしに再認課題を行った。再認課題に使用したリストには、実際に呈示された呈示語30語を含む90語の性格表現用語がランダムに並んでいるものを用意した。
【結果と考察】  分析対象となった114名のBDI平均得点は13.18(SD=8.56)であり、平均得点−0.5SD以下(9点以下)の46名(男性25名、女性15名)を抑うつ傾向低群(平均得点5.48)、平均得点+0.5SD以上(17点以上)の34名(男性21名、女性19名)を抑うつ傾向高群(平均得点24.09)とした。 仮説@の検討・考察:抑うつの程度に関わらず、自己準拠効果が生じていたため、仮説@は支持され、先行研究と同様の結果が得られた。また、分析の結果、有意差は認められなかったが、抑うつ傾向高群が、いずれの水準においても記憶成績が抑うつ傾向低群を上回っていたことに注目すると、これは、抑うつ傾向の高い者が性格表現用語に敏感になっているからではないかと考えられる。抑うつ傾向の高い者は、自己に注目しやすいため、性格表現用語に対して敏感に反応したことが影響したのではないかと考えられる。 仮説Aの検討・考察:抑うつ傾向と質問の水準と呈示語の意味内容に明瞭な関係性は認められなかった。しかし、これは先行研究の結果と一致していない。この原因には次の4点が考えられる。まず、呈示語に使用した性格表現用語を抽出する際に、30年前の研究を参考にしたことである。つまり、今回使用した呈示語のもつ感情価について、検査者が意図した感情価と被験者が感じた感情価に相違が生じた可能性があるといえる。次に、質問の水準(音韻・意味・自己準拠)と呈示語の意味内容(ポジティブ・ネガティブ)の組み合わせ条件、6条件における呈示語の数が5語であったために、天井効果が生じて、正確な比較か出来なかった可能性がある。また、検索すべき事象がリスト形式で呈示されている再認課題を実施したことで、情報の検索手がかりとして働く感情の効果がかなり制限されたものであった可能性がある。それから、被験者の抑うつ傾向が軽かったため、刺激がセルフ・スキーマを活性化させるまでの動機付けにならず、偏りが生じなかった可能性である。一方で、分析の結果、有意差はみられなかったが、記憶成績を比較してみると、ポジティブ内容よりネガティブ内容で記憶成績が優れていたことにも注目すると、これは、日本人が自分のネガティブな側面に注目しやすいことを示唆している。日本で社会に適応するためには、自己のそれも比較的ネガティブな面に注意を向けることを余儀なくされるという日本独特の文化によるものであると考えられる。 仮説Bの検討・考察:今回の被験者は全員大学生(平均年齢20.71歳)であり、女性がうつ状態に陥りやすいとされる生物学的要因や社会的要因の影響が少なかったために性差は生じなかったと考えられる。

(指導教員 豊村和真教授)