教職 志望学生の共感性
−自閉症研究の視点からの共感性−


0007023
木村 牧生
 
【目的】
近年,教育に携わる者には,以前にも増して共感性が求められるようになっている.従って,この教員という職業を志望する学生が,共感性を身に着けているこ とが期待される.共感性は認知的要素と情動的要素からなるとする多次元的な共感の視点から,教職を志望する学生には共感性があるといえるのかを検討する.
さらに,共感性を自閉症研究の視点から検討する.共感性と関連のある分野として,「自閉症傾向」というパーソナリティ要因が検討されている.他人の気持ち を想像する,人の視点を持つことの障害が症状のひとつとして上げられる自閉症は,心の理論の欠陥,共感性の障害とされている.健常者と自閉症の連続性を仮 定した自閉症スペクトラム仮説(Baron-Cohen, 2001)をもとに作成された自閉症スペクトラム指数(AQ)は,健常者のパーソナリティ要因としての自閉症傾向を測定できる.これを用いた先行研究にお ける共感性との逆相関という結果からも,自閉症傾向は共感性の低さと関連があると示された(Baron-Cohen, 2004).従って,AQの得点から被験者の共感することの苦手さを測定できると推定し,調査を行う.以上の本研究の目的に沿って以下のような仮説を提示 し検証する.
仮説1    共感性の各次元と自閉症傾向との間には強い関連がある.
仮説2    共感性を求められている教職志望学生はその他の学生に比べ共感性が高い.
仮説3    教職志望学生の自閉症傾向は,教職を志望していない学生に比べ低い.

【方法】
共感性を測定する尺度として,本研究では多次元的共感性尺度(登張,2003)とIRI(Davis,1983)の2つの尺度を採用した.さらに,健常成 人としての自閉症傾向の程度を測定するために,AQ日本語版(若林他,2004)を使用した.
質問紙調査は北星学園大学の学生425名を対象に行った.分析の対象となったのは教職志望学生244名(男性77名,女性167名),教職を志望していな い学生163名(男性66名,女性97名)の計407名(男性143名,女性264名)であった.

【結果・考察】
 まず共感性尺度の因子分析を行い,先行研究と対応する共感性の4次元構造を見出した.これは共感性の情動的要素の「共感的関心」,「ファンタジー」, 「個人的苦痛」と,認知的要素の「気持ちの想像」からなる.
これを元に,AQと共感性尺度の各次元との間で相関係数を求めた.その結果,AQと「共感的関心」,「気持ちの想像」との負の相関,「個人的苦痛」との正 の相関が見出された.この結果は,自閉症傾向が低くなると共感性のあらわれは自己志向的から他者志向的に変化し,同時に他者の気持ちを想像するという認知 的側面の共感性も強くなる傾向にあるということを示している.この3つの相関から,仮説1は支持された.
共感性尺度の,教職志望学生と教職を志望していない学生との比較において,教職志望学生は「共感的関心」,「ファンタジー」次元の得点が高く,「個人的苦 痛」次元においては逆に教職志望学生の得点が低いという結果であった.「個人的苦痛」次元については,この尺度が共感性の程度ではなく共感性の性質を示す 次元であると考察した.こうして仮説2は,共感性の「共感的関心」次元と「ファンタジー」次元においての結果により支持された.
AQ尺度の全体の得点は教職志望学生より教職を志望していない学生の得点が高かった.なお,AQ尺度の得点は,得点が高いほど強い自閉症傾向を示すので, この結果は教職志望学生の自閉症傾向が低いことを示し,仮説3も支持された.
教職志望学生の共感性は全般的に高く,認知した他者の心の状態に対して,自己志向的でなく他者志向的に,自分がその人になったかのように感じ取ることがで きる傾向にあり,また社交的コミュニケーションや人間関係を構築する能力も長けており,言語的なコミュニケーションにおいても問題が無い傾向にある.自閉 症傾向に関しては,同一性へのこだわりや同時に複数のことを繰り返すことに対する苦手さは教職を志望していない学生より少ないが,小さな変化への気づきや 些細なことを記憶する傾向にあることが明らかになった.
(指導教員 豊村 和真 教授)