味覚嫌悪条件づけ

―― 体が憶えるよい味・いやな味 ――

    1. 7(Tue)

発表者:柳田佐知子 司会者:大石加奈子

 

 

私たちの食べ物の好き嫌いの原因というのは、見た目であったり、味、匂い、歯ざわりだったりする。また、その食べ物を食べた後に、腹痛、吐き気、、嘔吐などの不快な経験をし、嫌いになった人もいると思う。この現象のことを味覚嫌悪学習または、発見者の名前をとってガルシア効果という。ここではガルシアの研究を中心に、その仕組みを紹介しようと思う。

 

 

ガルシアの研究チームは、脳や細胞組織への放射線照射が動物や人間の行動にどのよう

な影響を与えるか、ラットを用いて実験した。この研究の初期の段階でガルシアは、ラットの体重が減少しているのを発見し、原因は水を飲む量が減ったために、乾燥飼料の摂取量が減少していたことであると突き止めた。さらに、放射線照射の際に移されるケージに取り付けてあるプラスチック製の給水瓶からは水を飲んでいなく、飼育ケージのガラス製の給水瓶からは水を飲んでいることに気がついた。そこでガルシアは、水についたプラスチックの風味と、放射線照射によって引き起こされた体調不良(消化器系の不良)が結びつくことによって、ラットがプラスチックの味に対する嫌悪を獲得したのではないかと考

えた。

それを確かめるために、放射線照射用のケージで与える水に、人工甘味料であるサッカリンではっきりとした味をつけた。そして、飼育ケージに戻ったラットにサッカリン溶液を与えたところ、ほとんど飲まなかった。つまり、ある特定の味と放射線照射を対提示しただけで、その味に対する強い嫌悪が形成されたわけである。(ガルシア 1955)

 

 

ガルシアは、当初この現象を古典的条件づけ(注1参照)として解釈した。

古典的条件づけ

条件づけ前 音(中性刺激) 音の方へ顔を向ける(定位反応)

餌(US:無条件刺激) 唾液分泌(UR:無条件反応)

 

条件づけ後 音(CS:条件刺激)

唾液分泌(CR:条件反応)

 

味覚嫌悪学習

条件づけ前 味つき水(中性刺激)→ 摂水行動

放射線照射(US)→ 消化器系の異常(UR

条件づけ後 味つき水(CS

消化器系の異常?(CR

 

このように、古典的条件づけの図式に当てはまる(ただし、味覚刺激によって、条件反応としての消化器系の異常が実際に生じるかどうかは、まだよく分からない)。しかし、味覚嫌悪学習は通常の古典的条件づけとは著しく異なる特徴を大きく3つ備えていた。

  1. 1試行学習
  2. 通常はCSUSの対提示を多数回反復する必要があるが、わずか数回、ときには一回で強力な嫌悪が獲得される(EtscornStephens 1973

  3. 長時間遅延学習
  4. 通常は、CSUSの提示が時間的に接近(数十秒以内)していなくてはならない。(時間的接近の法則 マッキントッシュ 1983) 味覚嫌悪学習は、数時間空いても成立する。(EtscornStephens 1973

  5. 選択的連合

消化器系の異常(嘔吐反応)は味覚刺激とは容易に連合されるが、視聴覚刺激とは連合しにくい。また、その逆に、(電撃による)痛み視聴覚刺激と連合しやすいが、味覚刺激とは連合されにくい。ガルシアの実験例(表1参照)を挙げると、ラットが味付き水を飲む時に、ライトの点滅と音を生じるようにし(視聴覚刺激)、その後足元へ電撃が与えられた。そうすると味付き水への嫌悪は形成されず、視聴覚刺激に反応して嫌悪を形成していた。また、同様に水を飲ませた後、放射線照射を行なうと(消化器系の異常)味付き水への嫌悪が形成され、視聴覚刺激では形成されなかった。(ガルシア 1966)

 

刺激提示

処置

テスト

摂取量

第一群

味つき水

+視聴覚刺激

足元に電撃

真水

+視聴覚刺激

少ない

第二群

味つき水

+視聴覚刺激

足元に電撃

味つき水

多い

第三群

味つき水

+視聴覚刺激

放射線照射

真水

+視聴覚刺激

多い

第四群

味つき水

+視聴覚刺激

放射線照射

味つき水

少ない

1:ガルシア(1966)による実験計画と結果

以上挙げた3つのほかに食物選択という観点からは

なども特徴として挙げられる。

 

このように、同じような仕組みを持ちながら、今挙げたように相違点も持ちあわせているので、味覚嫌悪学習をどう位置づけるか、様々な議論があった。現在では古典的条件づけとは質的に異ならないとする研究者が多いようである。(例えばLogue,マッキントッシュ、レスコラ )しかし、ガルシアはあくまで異なった学習だと主張している。

 

間隔短い 間隔長い

CS US ―――――――――――→ FB

(食物の外観、匂い) (味) −− −− 消化器の異常)

CSUSが古典的条件づけ(認知的プロセス)USFB味覚嫌悪学習(情動的・無意識的プロセス)

ガルシアによる味覚嫌悪学習の説明(模式図)

ガルシアは、前のページで紹介したように自分が味覚刺激を古典的条件づけの図式で記述したこと(1961)を大変なまちがいだったとし、味覚は中性刺激ではなくそれ自体が快や不快の感情を喚起する力をもった刺激、USであると訂正した。それが上の図(19891992)である。FBはフィードバックの略で、US の価値、つまりそれがもたらす快や不快の程度を決定する働きを持つ。消化器系の異常が起こると、消化器防御システム(FBのコントロールシステムとしてガルシアが仮定)からのフィードバックによって、その食べ物への嫌悪が形成されるというわけだ。

これによって、選択的連合を、皮膚への刺激は皮膚防御システムで処理されるため、消化器防御システムに属する味覚刺激に対してはフィードバックは行われないと説明している。(1966 ガルシア)

[注1:有名なロシアの生理学者パブロフによって発見された。

パブロフ(1971)は犬に餌を与える際、音を鳴らしてから与えるという操作を繰り返し行ない、餌によってではなく音によって唾液の分泌が起こるようになることを発見した]

 

 

味覚嫌悪学習は人間の食物選択にどのような影響を与えるのだろうか。いくつかの研究があり、ガン治療の場面やアルコール依存症への治療法として行われているものが有名だが、ここでは今田と山下(1989)が日本の大学生、専門学校生109名を対象に行なった研究を取り上げる。

まず、何かを飲んだり食べたりした後で、むかつきや嘔吐を経験し、以後それらの食物を嫌いになった経験がないかを尋ねた。その結果、73名(67%)が一件以上の食物に対する嫌悪を報告した。これを獲得した年齢は612歳までが全体の46.2%を占めていた。嫌悪獲得のもう一つのピークは十代の後半で、その多くはアルコール飲料に対するものであった。嘔吐の原因に関しては、47%のケースで回答者本人が食物そのものに起因すると考えているが、11%のケースではその食物には関係ない要因があったと考えている(のどにつまらせた、車酔い、食べ過ぎ)。また、42%が分からないと回答している。よって、食べた食物が、嘔吐に関係がないと分かっていても、あるいは嘔吐の原因が不明な場合でも嫌悪が形成すると理解できる。このように人間においても味覚嫌悪学習が見られた。

 

 

ガルシアは味覚嫌悪学習を生命体が有する自己防衛システム(内臓防衛システム)だと考えた。実際に体に危険なものを食べてしまった時、そのことを体が学ばなければ、同じ間違いをくりかえすだろう。わたしも、この学習能力は動物にとってなくてはならないものなのだと思った。

 

 

<参考文献>

・人間行動講座2 たべる −食行動の心理学− 編者:中島義明 朝倉書店

今田純雄

・現代心理学シリーズ16 食行動の心理学 編者:今田純雄 培風館

 

中性刺激−どのような刺激も十分な強度があればなんらかの反応を引き起こすものであるが、現在問題にしている特定の反応をもたらさない刺激

 

定位反応−外部にあるなんらかの刺激が呈示されると、そちらの方向に注意を向けるような行動をとる。

 

無条件刺激−古典的条件づけにおいて、条件づけられる刺激に続いて呈示される刺激。特定の反応を引き起こす。(unconditioned stimulusUS

 

無条件反応−古典的条件づけにおいて、食物、電撃などの無条件刺激の呈示に伴って生ずる反応。必ず起こることが前提。(unconditioned responseUR

 

条件刺激−古典的条件づけにおいて、条件づけが行われる対象となる刺激。無条件刺激と組合せて提示されることで反応喚起力を持つ。(conditioned stimulusCS

 

条件反応−古典的条件づけにおいて、条件刺激に誘発される特定の反応。(conditioned responseCR

 

質問・意見

→好き嫌いだけではなくて、他の不快な経験を伴って嫌いになることを指す。

→異なる点はあるが、別のものとはいえない。研究者の意見も分かれている。

→この実験は痛みでは味覚嫌悪が形成されなかったという結論しかでていないが、

古典的条件づけになるのかもしれない。

→調べられませんでした。

→ガンの治療の場面では、抗がん剤が原因で食欲不振になったと報告されている。(教科書P112)アルコール依存症への治療法は、嫌悪を形成すれば飲まなくなるのではないか、という仮定に基づいて研究されているが、性格や社会問題が関わっていて、現段階では詳しいことはわかっていません。

→文献が見つけられませんでした。