専門基礎演習レポート          1999/09/21
−子供はなぜ可愛いか−         豊村 和真
 


私たちが乳幼児や,哺乳動物の幼体を一見して受ける印象は,『可愛い』ということで,この場合に第一印象の『可愛らしさ』は必ずしも相手との接触による触覚刺激を媒介とするものではない。したがって,この印象は視覚的なものである。では,いったいこの『可愛らしさ』は,どういう視覚的刺激から構成されているのであろうか。 この問題に理論的考察を加え,さらに実験的にアプローチしたのは前田(1983,1984,1985)である。その研究の概略を以下に示す。記述は前田(1983,1984,1985)による。
 
この問題に初めて比較行動学的な接近を試みたのはローレンツ(Lorenz,K.)である。彼はベビー図式(Kindchen-Schema)という概念を用いて,この視的刺激の特性を明らかにしようとした。この図式はベビーを特徴づける刺激の複合であって,これによって『可愛い』という感情や養護反応が解発されると考えたのである。
 
この可愛さを解発する刺激(ベビー図式)はローレンツによれば








 

1 身体に比して大きな頭
2 前に張り出た額をともなう高い上頭部
3 顔の中央よりやや下に位置する大きな眼
4 短くて太い四肢
5 全体に丸みのある体型
6 やわらかい体表面
7 丸みをもつ豊頬
 








 
である。
ローレンツは,ベビー図式がひきおこす養護反応のプロセスは,生得的メカニズムに従うと主張している。この生得性に関しては疑問の余地を残しているが,生得的な性格を完全に否定するような理論的,また実証的な根拠が存していないことも事実である。
さてこのようなベビー図式の加算的な刺激効果を初めて実験的にとらえたのは,ヒュクシュテット(Huckstedt,B.)であった。
ヒュクシュテットは先に述べたベビー図式の第2の特徴である『前に張り出た額をともなう上頭部』を,『張り出た額』(H)と『高い頭部』(A)の2要因に分け,ドイツ人の平均新生児の横顔図形を標準図形(N)として,それと2要因をそれぞれ3段階に変化させた横顔の超正常図形とを,6歳から30歳以上の男女の被験者に一対比較させ,いずれが可愛いかを判断させた。
 
その結果は,
(1)超正常図形はいずれも10歳以上の女性と18歳以上の男性により有意に『可愛い』と判断された
(2)2要因のうち,頭の高さでは女性の方が超正常な張り出した額よりも『可愛い』と判断された。
 
この結果から次のことが推論される(前田,1983)。
〔1〕ベビーの可愛らしさを規定する一つの要因は,特徴ある頭部の形にある。
〔2〕超正常刺激が正常刺激より総体的に『可愛い』と判断されたことは,刺激加算の準則が妥当することを意味する。
〔3〕したがって,ベビー図式が解発する『可愛い』という反応は,生得性の強い性格のものと考えられる。
 
その他
人間や各種の動物を通じて,養護反応や攻撃抑制が等しくみられる事実は,これらの反応の解発刺激が大きな汎性と単純性をもっていることを意味している。もし,幼体保護に寄与する反応が,習得性の高い特殊で複雑な刺激複合から初めて解発されるのであったならば,幼体は全生物存在を通じてこれほど完全には保障されてこなかったであろう(前田,1984)。人間の場合,ベビー図式を備えているものに可愛らしさを感じるとすれば,それは対象が単に『丸さ』という刺激特性を満足させているからではなく,同時に『小ささ』を備えているからである。実際にロレンツのいう『丸さ』に集約できるベビー図式を十分に表わしているのは,新生児や乳児ではなく,幼児なのである。特に新生児は,ロレンツがあげている図式の特徴である前に張り出した額をもたず,また丸みをもった体型でもない(前田,1984)。
ここから,新生児や乳児には自らを守る巧妙な別の生得的メカニズムがあることが予想され,それは少なくとも幼児期までその状態を維持しうるものでなくてはならない。
 
 
引用文献
前田實子 1983 Baby-Schemaに関する実験的考察- 母性心性の解発刺激を中心に- 武庫川女子大学幼児教育研究所紀要,2,4-42
前田實子 1984 Baby-Schemaに関する実験的考察- 『可愛らしさ』の諸要因について- 武庫川女子大学幼児研究所紀要,3,4-50
前田實子 1985 Baby-Schemaに関する実験的考察- 『丸さ』の分析を中心に- 武庫川女子大学幼児研究所紀要,4,4-42