発表者 大槻勇太

                                司会者 豊村和真

     「養育態度認知とボディーイメージからの大学生の摂食障害」

                  中京大学文学部研究科心理学専攻 鈴木公啓

はじめに

 摂食障害とは「神経性無食欲症(拒食症)」と「神経性過食症(過食症)」などを含む症候群である。西欧諸国をはじめ日本でも摂食障害患者数は増加しており、現在では、生物的、社会的文化的要因など様々な要因が関与していると言われている。精神分析の立場からは摂食障害患者の家族関係に問題があると主張がなされてきたが、最近では摂食障害患者のボディーイメージのゆがみも原因の一つだと認められた。また、摂食障害は女性特有の症状とされてきたが男性にもそれが見られることが強調されてきている。

目的

 本研究は大学生女子、男子両軍を対象として、異常度の高い食行動を呈するものがどれほど見受けられるか、その潜在性を調査するとともに、その食行動のゆがみが、父親、母親の養育態度に対する認知、そしてボディーイメージ認知とどのような関連をもっているかを明らかにすることを目的としている。

方法

 [被調査者]:地方小都市にある国立大学の大学生(1〜4年生)530人を対象とした。有効回答数は507(男子182人、女子323人、性別無記入2人)であった。

 [実施手続き]:199810月に4つのクラスで実施した。実施時間は15分で無記入であった。

 [調査紙]:以下の四つである。

T「摂食障害潜在性テスト」

 上記を調べるための六件法によるテスト。

U「EMBU尺度日本語版」

 自分が受けた養育態度を自己評価するための調査票であり、「拒絶」「情緒的温かみ」「過保護」「ひいき」の四つの下位尺度による。各項目の右側に父親、母親を四件法で評価する欄をもとめた。

V「心理的距離テスト」

 父親、母親との心理的な距離を調べるためのテスト。

W「体系:現在の身長と体重」「自己評価:身体像の主観的評価」「希望」

 身長と体重を記入し、その自己評価、そしてその希望についての回答を求めた。

結果

 Figure1に摂食障害テストの得点分布を示す。分布は男女間で大きく異なるために男女別で処理を行なった。

1 男子

 T テストの合計得点が一標準偏差以下のものを「低得点群」、一標準偏差以上のものを「高得点群」とした。平均は低得点群で39、高得点群で102.5だった。低得点群の平均年齢は20.0歳で高得点群は19.8歳。年齢に優位な差は見られなかった。

 U Table1。t検定を行なったところ父親、母親ともに「過保護」「ひいき」因子の値は両軍艦に有意差が見られた。

 V Table2。U検定を行なったところ父親、母親との心理的距離どちらにおいても両群間に有意な差は見られなかった。

 W 始めに肥満度の指標であるBMIを算出した(Table3)。低得点群の平均BMI20.0、高得点郡の平均は22.7で、t検定を行なったところ両群間に有意な差が見られた。グッドマン・クラスカルの順序連関数列を用いて検討したところ「体型」と「自己評価」、「希望」の組み合わせのうち、高得点群、低得点群ともに、「自己評価」「希望」の連関が強い。また「体型」「自己評価」の組み合わせにおいて「体型」「自己評価」が一致しているもの、「自己評価」が「体型」にたいして相対的に太っている方向にゆがんでいるもの、逆に痩せている方向にゆがんでいるものの三郡に分類した(Table4)。そこにみられるように低得点群と高得点群の間には認知のゆがみ方に有意な差が見られた。

2 女子その一

 T 高得点群、低得点群を男子と同じように分けた。低得点群の平均点は50.0点、高得点群で129.1点であった。低得点群の平均年齢は20.1歳、高得点群は19.9歳で有意な差は見られなかった。またTable5に「自己誘発性嘔吐」「やせるための下剤や利尿剤の服用」の出現率を男子、女子それぞれ示している。男女間の出現率には有意差は見られなかった。

 U 男子と同様に採点してその結果をTable6に示した。高得点群、低得点群の間には父親、母親に関していずれの因子においても男子同様、有意な差は見られなった。

 V Table7に低得点群と高得点群それぞれの「父親(母親)との心理的距離」を示した。U検定を行なったところどちらにも有意な差は見られなかった。

3 女子そのニ

 T テストの合計得点が平均から1.5標準偏差以下のものを「低得点群」、1.5標準偏差以上のものを「高得点群」とした。平均より±1.5標準偏差上の同得点のものは、それぞれ高得点群、低得点群とした。平均は低得点群で44.2点、高得点群で138.7点であった。

また年齢は男子、女子一同様有意な差は見られなかった。

U Table8。父親に関しては両群間でいずれの下位尺度においても有意な差は見られなかったが母親に関しては「拒絶」因子において高得点郡が低得点群に比べ高い値だった。他の因子については有意な差は見られなかった。

 V Table9。男子、女子その一同様、有意な差は見られなかった。

 W 低得点群の平均BMI18.79、高得点群の平均BMI21.6であり、両群の値についてt検定したところ有意な差が見られた。体型を男子と同様に5段階に分類し「体型」「自己評価」「希望」の三つの関連について整理した。グッドマン・クラスカルの順序連関数列を用いて検討したところ三つの組み合わせのうち、高得点群、低得点群、共に「体型」「自己評価」の連関が強かった。また、これについて「体系」と「自己評価」が一致しているもの、「自己評価」が「体型」に対して相対的に太っている方向にゆがんでいるもの、痩せている方向にゆがんでいるものの三郡に分けた(Table10)。低得点群と高得点群のゆがみ方には有意な差が見られた。

考察

 本件旧は大学生女子、男子を対象とし、異常度の高い食行動がどれほど見られるかを調査すると共に、それに対して父親、母親の養育態度に対する認知、そしてボディーイメージのゆがみがどのような関連を持っているかを検討することを目的とした。

男子172名のうち自己誘発性嘔吐をすると答えたものは八人。下剤や利尿剤を服用していると答えたものは七人であった。今回の調査による値は決して低いとは言えず、一般の大学生にもそのような行動が少なくないことが確認できた。EMBU尺度の下位尺度得点からは高得点群は低得点群に比べ、両親から過保護に、またひいきに育てられていると感じていることが明らかになった。一般に、過干渉的な親の養育態度は子の自立性・自主性の欠如を招くことが知られている。こうした要因が自我の弱さを形成し、それゆえに社会の痩せ風潮の影響を受けやすくなることにより、やせ願望が生じている可能性が考えられる。また、「体型」「自己評価」「希望」の関連を見ると低得点群には痩せた体型のものが多いが、実際の体型に基づき標準に近づきたいと考えていることがわかった。それに対し高得点群には本当に太っているものが多く、実際より太っていると言う方向への認知のゆがみが見られた。これより甘やかされて育った故に自我が確立していないもの、かつ痩せていないものが男性もスマートな方が良いという現在の風潮の影響を受け痩せ願望の増大、または病的な食行動に向かうのではないかと考えられる。

女子323名のうち自己誘発西欧とを行なうと答えたものは24人、下剤や利尿剤を服用していると答えたものは16人であった。男子同様、従来の疫学的研究の結果に比べてもその割合は決して低くないことがわかった。なお今回の調査では男女間においてそれらの食行動に差が見られないこともわかった。EMBU下位尺度により、高得点群は低得点群に比べ母親から拒絶されていると感じたものが多いことがわかった。また心理的距離テストでは高得点群、低得点群には差は見られなかった。摂食障害患者は親の養育態度が支配的、過保護、甘やかし、拒絶などの特徴が見られるが今回は高得点群にはあまりその傾向は見られなかった。考えられる要因のうち一つは被験者が患者ではないこと、もう一つは摂食障害患者にみられる親の養育態度に対する認知のゆがみと同様の機制の存在である。高得点群が摂食障害患者と同様のゆがんだ認知をしているために差が見られなかったことも考えられる。「体型」「自己評価」「希望」の連関を見てみると低・高得点群ともに主観的評価にもとづいて希望が形成されていることが推測され、また両方に痩せ願望をもっているものが多く存在することがわかった。そして高得点群は低得点群に比べ太っている方向への認知のゆがみは十分に見られた。これは程度の違いであるが、女子全体に痩せ願望が蔓延していることを示している。ただし低得点群には「太りすぎ」「太り気味」のものはおらず高得点群には「痩せすぎ」のものはいなかった。これらのことから実際に痩せているものも、そうでないもものも全体的にボディーイメージへのゆがみを持っていると考えられる。しかし前者が社会的に蔓延している痩せ崇拝に影響しているのに対して、後者はそれがファッションに過ぎないことを認識し、自分の体型に妥協しているため病的な行為に及ばないと推測される。これらのことから女子の摂食障害の傾向は親子間の関係だけでなく客観的指標としての痩せていないという要因とボディーイメージのゆがみの大きさ、認識の欠如によって病的な方向に進むと考えられる。