登校拒否

教育期待の心理と病理

2002/10/23          発表者  高畠 康典 

                司会者  大井 貴史

 

【不登校】学校に行かない状態。なんらかの理由で積極的に登校しないことを選択する場合もあるが、心理的抵抗感から登校しない場合が多い。登校拒否。(大辞林第二版より)

 

◎登校拒否とは

学校に行かなければならないという自覚がありながらも、何らかの心理的な理由(※1)で登校ができず、それが継続していることを「登校拒否 school refusal」という。以前は学校そのものが恐怖の対象ということで「学校恐怖症 school phobia」(※2)とも呼ばれていた。こうした症状にはじめて注目したのはアメリカのジョンソン(A.M.jhonson)(※2)という人で、約30年前の1957年のことだった。彼は学校に行けないのは、親と心理的に離れるのが不安だからだ(分離不安 separation anxiety)という。日本で怠学や経済的な理由によらないこうした形の学校嫌いが問題にされ出したのも同じ頃である。その後、どんどん増え続け、登校拒否は今や誰もが知っている言葉になった。

 一般にこうした子どもは、朝、調子が悪く、不安定になる。そして、登校時になると、頭痛、腹痛、吐き気などの身体状況を訴える者もいる。彼らは、朝は不安定で病人のようだが、学校の終了する午後から夕方になると元気になる者が多い。親は、そういう子どもを見て、なんとかして学校へ行かせようとして叱責したり、時には無理やり車に乗せて学校に連れて行こうとするのだが、どうしてもいけない。本人もこうした自分を恥じ、次第に人を避け、自分の部屋に閉じこもるようになる。ある子どもは、家中が寝静まるのを待って行動する。彼らの話を聞いていると、この時間になってやっと開放され、自由になることができるのではないかと感じられた。

また、登校拒否の子どもたちの特徴としてあげられるのは、彼らのほとんどが「よい子」だということである。両親の期待に答え、一生懸命に勉強をし、先生にもほめられる、いわば優等生、模範生なのである。

(※1)登校拒否の理由は心理的なものだけではないと思われる。

 

 

 

 

 

 

●登校拒否の要因

○本人の要因                 ○家庭・社会の要因 

     自我の発達の未熟さ            ・過保護、過干渉、期待過剰など

   問題解決能力不足             の親の教育態度

   欲求不満耐性不足など           役割任務達成不足

     素質的要因(気質・性格)          挫折体験不足 

   神経質など

     対人関係スキルの未熟さ

 

○拒否の誘因

     教師の強い叱責、注意

     成績不振、授業がわからない

     いじめ、けんか、友人関係のゆがみ

     両親の不和、祖父母と父母の不和

     親の叱責、言葉、態度への反発

     極度の不安や緊張、無気力 など

     要因とは〜物事が生じた、主要な原因。 

     誘因とは〜(1)ある作用を引き起こす原因。ある物事が成立する原因。

       (2)疾病の原因を促進して発病を促す要因、主因以外の原因の副因

(大辞林第二版より)

登校拒否になった理由の発生源

   友人関係      ……45

   教師との関係    ……21

   クラブ・部活動   ……17

   転校などでなじめず ……14

  上の数値をみる限りでは主に学校生活に問題をかかえているケースが多い。

   文部科学省による「不登校に関する実態調査」(2001年)

 

(※2)ジョンソンの「学校恐怖症」

「登校拒否」という言葉は、イギリスのI.T.ブロードウィンが最初に使い、後にジョンソンが「学校恐怖症」と命名したことに始まる。ジョンソンは、「学校恐怖症」を()心気的時期、(2)登校時のパニック時期、(3)自閉期の三期に分けて学校恐怖症を考えた。

第一期・心気的時期。登校時刻になると、身体不調を訴える。頭痛や腹痛、脚痛、吐き気、気分の悪さ、朝寝坊、寝ぼけ、疲れ、倦怠感など。午前中は症状が重く、午後には軽くなり、夕方になると静かに収まってくる。床につく前に親が、「明日は学校へ行くの?」と聞くと、明るい声で「行く」と答えたりする。この段階で学校に行きたくない理由を聞くと、「A君がいじめるから。」とか言ったりする。そこでA君を排除すると、今度は「B君がいじめるから」などと言いだしたりする。ターゲット(原因とする人や理由)がそのつど移動するのが特徴である。

※心気〜(1)心持ち。心。気持ち。気分。

     (2)心がはればれしないこと。くさくさすること。また、そのありさま。

(大辞林第二版より)

 

第二期・登校時のパニック期。登校時刻になるとパニック状態になり、はげしく抵抗したり、泣き叫んだり、する。親が無理に学校へ連れて行こうとすると、狂人のように暴れたりする。しかし、いったん学校の行かなくて良いとわかると、一転して今度は別人のように静かで穏やかな表情を見せる。あまりの変わりように、たいていの親は、「これが同じ子どもか?」と思うことが多い。

 

第三期・自閉期。親が学校へ行かせるのをあきらめ、子どももそれに慣れてくると、子どもは自分の世界に閉じこもるようになる。暴力、暴言などの攻撃的態度は減り、見た目には穏やかな状態になり、落ち着く。ただ心の緊張感は残り、親の不用意な言葉などで突発的に激怒したり、暴れたりすることはある。気を許した友人とは限られた場所では遊ぶものの、その範囲や遊びは限定される。この状態で症状は数ヶ月から数年という単位で、一進一退を繰り返す。

 

◎ 登校拒否 となった直接のきっかけと不登校状態が継続している理由

   不登校となった直接のきっかけと不登校状態が継続している理由との関係は表5−6のとおりであり,小学校・中学校のいずれも,「学校生活」,「家庭生活」,「本人の問題」のいずれに起因した場合も「不安など情緒的混乱」により不登校状態が継続している場合が最も多い。

(注1)    本調査では具体例を次のように示した。

○   直接のきっかけ

  友人関係をめぐる問題…………… いじめ,けんか等

  教師との関係をめぐる問題……… 教師の強い叱責,注意等

  学業の不振………………………… 成績の不振,授業がわからない,試験が嫌い等

  家庭の生活環境の急激な変化…… 親の単身赴任等

  親子関係をめぐる問題…………… 親の叱責,親の言葉・態度への反発等

  家庭内の不和……………………… 両親の不和,祖父母と父母の不和等本人に直接かかわらないこと

  その他本人にかかわる問題……… 極度の不安や緊張,無気力等で他に特に直接のきっかけとなるような事柄がみあたらないもの

○   不登校状態が継続している理由

  学校生活上の影響………………… いやがらせをする生徒の存在や,教師との人間関係等,明らかにそれと理解できる学校生活上の影響から登校しない(できない)。

  あそび・非行……………………… 遊ぶためや非行グループに入ったりして登校しない。

  無気力……………………………… 無気力でなんとなく登校しない。登校しないことへの罪悪感が少なく,迎えにいったり強く催促すると登校するが長続きしない。

  不安など情緒的混乱……………… 登校の意志はあるが身体の不調を訴え登校できない,漠然とした不安を訴え登校しない等,不安を中心とした情緒的な混乱によって登校しない(できない)。

  意図的な拒否……………………… 学校に行く意義を認めず,自分の好きな方向を選んで登校しない。

  複合………………………………… 不登校状態が継続している理由が複合していていずれが主であるかを決めがたい。

  その他……………………………… 上記のいずれにも該当しない。

(注1)   不登校児童生徒1人につき,主たるきっかけを1つ選択

(注2)   継続理由の分類は,教育センター等の客観的な判定(診断)参考にし,不登校状態の期間のうち最も現在に近いときの状態について,その主な理由を学校が判断したものである。


 

 

(表−1)不登校状態となった直接のきっかけと不登校状態が継続している理由との関係

区分

不登校状態が継続している理由

学校生活上の影響

あそび

・非行

無気力

不安など情緒的混乱

意図的

な拒否

複合

その他

比率(%)

学校生活に起因

友人関係をめぐる問題

5,144

1,534

2,325

7,358

1,056

5,397

390

23,204

18.1

教師との関係をめぐる問題

440

210

242

527

241

575

43

2,278

1.8

学業の不振

659

2,248

4,135

1,594

313

1,704

150

10,803

8.4

クラブ活動,部活動等への不適応

214

53

211

463

64

342

26

1,373

1.1

学校のきまり等をめぐる問題

196

1,757

362

220

299

325

45

3,204

2.5

入学,転編入学,進級時の不適応

390

243

632

1,479

233

995

103

4,075

3.2

小計

7,043

6,045

7,907

11,641

2,206

9,338

757

44,937

35.0

家庭生活に起因

家庭の生活環境の急激な変化

203

822

1,772

1,903

243

1,753

379

7,075

5.5

親子関係をめぐる問題

298

1,783

2,677

3,892

566

3,087

424

12,727

9.9

家庭内の不和

113

895

1,222

1,391

231

1,223

183

5,258

4.1

小計

614

3,500

5,671

7,186

1,040

6,063

986

25,060

19.5

本人の問題に起因

病気による欠席

339

168

1,926

2,898

182

2,169

936

8,618

6.7

その他本人に関わる問題

981

4,005

9,675

9,808

1,748

9,876

1,564

37,657

29.3

小計

1,320

4,173

11,601

12,706

1,930

12,045

2,500

46,275

36.0

その他

118

341

857

629

339

1,397

1,380

5,061

3.9

不明

186

275

1,218

1,498

356

2,476

1,089

7,098

5.5

9,281

14,334

27,254

33,660

5,871

31,319

6,712

128,431

100.0

比率(%)

7.2

11.2

21.2

26.2

4.6

24.4

5.2

100.0

 

 (1999年度 文部科学省調べ)

 

 

 

◎教科書の事例

 教科書の事例にでてくるT君は、医学部に入ればよかったと後悔し、息子だけは医者にさせたいと願っている父親と、看護婦の母親のもとで懸命に勉強をする「よい子」であった。T君自身も、こうした両親の期待を自分のうちに取り入れ、「頭の悪いやつは」といってみたり「勉強しない人間なんて」などと口にする小学生だったのである。

 ところが、こうした成績万能の態度も中学に入る頃からおかしくなり始めた。入学した私立の受験中学は、「できるやつ」ばっかりで、彼はビリに近かったのである。彼は焦り、学校から帰ってくるなり猛烈に勉強したけれども、どうしても成績が上がらなかった。勉強しか誇れるものがなかったT君にとって、これは屈辱以外の何物でもなかったのである。彼は自分を責めさいなんだけれども、どうにもならなかった。だんだんイライラが昂じ、母親が勉強や学校のことを何かいおうものなら、自分でも、わけがわからなくなるほど腹が立ってしまうものであった。

 彼は自分の一生がすっかり狂ってしまい、自分が世の中の落伍者になってしまったと感じていた。そして、自分をこんな風にした母親を呪った。母親のやることなすこと、一挙手一投足が目ざわりで、母親を殺して自分も死のうかと何度も考えたそうである。父親も父親で、全く許せなかった。ありとあらゆるものが不快で、いいかげんで、許せなかった。彼の家庭内暴力はこうして数ヶ月続いた。

 彼の苦しみの根底には、「自分が自分らしく生きてこれなかった」という想いがある。両親の期待に答えるために、知らず知らずのうちに本当の自分を犠牲にし、無理をしてきたのである。したいこともせず、勉強一途にやってきて、自分はこのザマなのである。勉強のできないやつは人間のクズだと思って頑張ってきた彼にとって、成績が最低ということは耐えられないことであった。

 彼は丸二年間、自分の部屋にこもり、電話や親密な人と多少の話をするだけであった。しかし、そんな状態の中でも、彼の心は少しずつ動きはじめ、やがてギターを習ったり、アルバイトに出かけるようになった。そして、自分に納得できることを少しずつやりはじめるようになった。彼がこうして、数年間の年月を経て、ようやく両親や勉強などから解放され、自由になり、ほかならぬ自分自身の感覚で、世の中や自分を見つめ、やっと、自分の判断で行動できるようになったのである。そして彼は登校拒否という「挫折」によって、はじめて自分らしく生きることを知ったのではなかったかということであった。彼は、「もしあのとき、あのまま学校に行っていればどうなっていただろう」という問いに「自分が相当にイヤミなやつになっていたのでは」と自信をもって答えた。“学業”とか“親”とか“教師”によってがんじがらめに縛られていた呪文がすでに解けて彼は本来の「自分自身」になっていたのだろう。

 

 

     登校拒否は不利なことばかりではない。

教科書の事例の最後で述べたT君のように、後々登校拒否が不利なことだと思っていない登校拒否経験者は意外と多い。文部科学省が行った「不登校に関する実態調査」(2001年)によれば「中学で不登校だったものの、成人後に『マイナスではなかった』と振り返っている人が、四割もいる」という(不登校はマイナスではないと答えた人、39%、マイナスだったと答えた人、24%)。

 

 

 

◎登校拒否の実態

 不登校の問題については,平成12年度に「不登校」を理由に年間30日以上学校を欠席した児童生徒数は,全国の国公私立小・中学生合わせて13万4,286人(前年度13万227人)で,調査開始以来最多であり,教育上の大きな課題となっている。

                        (2001年度 文部科学白書)

 

 

また、学年が進むにしたがって登校拒否は急増しているといえる。

 

(図−2)学年別不登校児童生徒数

 

 

(表−2)学年別不登校児童生徒数(人)

    [小学校]

区分

小学1年

小学2年

小学3年

小学4年

小学5年

小学6年

11年度

1,330

2,181

3,129

4,520

6,531

8,213

   25,904

12年度

1,381

2,153

3,214

4,453

6,509

8,552

   26,262

 

    [中学校]

区分

中学1年

中学2年

中学3年

11年度

22,416

36,020

44,091

102,527

12年度

23,460

37,677

44,950

106,087

 

(図−2、表−2共に文部科学省調べ)

 

     最後に

 

     私たちは、まわりからの期待≠ニいう心理的な圧力によって、往々にして自分を見失ってしまう。こういう時、悲しいかな本当の自分を「疎外」して生きていることに気がつかない。自己疎外に近い状況の中であてどもなく苦しみ嘆く。そして、こうした状況から自分を回復し、真に自由になるには、まず自分自身が自分自身を相手にし、自分で苦悶し、苦闘しなければならないのである。

 

     今回、登校拒否についていろいろ調べてみて、今まで持っていた登校拒否に対する後ろ向きイメージが変わった。文部科学省が行った登校拒否の調査によると、中学卒業から5年後には、8割近くが進学や就職している。その全体の半数以上は希望通りの進路についたわけではないが、自らの人生を着実に切り開いていると思われる。これらの数字は登校拒否の本人や家族にとって辛い出来事を乗り越え、社会における自分の居場所を確立しつつあると感じさせる。

その反面、登校拒否はいまだに増え続けている。未来の選択を急かされ、未来の決定を強いられている子どもがまだたくさんいるのである。

登校拒否はそんな子どもたちが自己を形成し、肯定するためのひとつの手段なのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文献〜引用文献

   文部省科学白書

   北海道の教育相談 34 心の居場所を学校に−登校拒否への対応−  平成103月  

   参考文献

   心理学パッケージpart5