意欲ある人間とは
成功・失敗の原因とやる気
2002/10/25
発表者 大井 貴史
司会者 高畠 康典
◎意欲とは
積極的に何かをしようとする気持ち、種々の動機の中からある一つを選択してこれを
目標とする能動的意思活動 (広辞苑)
◎A君意欲的なのか〜ある大学受験での例〜
A君は、来春大学受験を控えている。彼の目標は、最難関と呼ばれるX大学に合格することであるが、彼のふだんの成績から判断すると、現状のままでは合格の見込みはほとんどない。しかし、彼はあえてそれに挑戦しようとしている。
・確かに困難な課題に取り組もうとする気持ちは立派であるし、尊重しなければならない。しかし、A君の気持ちが意欲に満ちているかどうかは疑問である。おそらく彼自身も現実にX大学に合格するとは思っていないであろう。果たしてA君は意欲的と言えるのだろうか。
◎アトキンソンのモデル〜成功志向傾向・失敗回避傾向〜
アトキンソンは、意欲的な行動(達成傾向)は成功志向傾向と失敗回避傾向の合成によって成立すると考えている。彼は、成功志向傾向も失敗回避傾向も、「動機と課題の困難度と課題の価値がかけ合わさったもの」と考える。ここでいう課題の価値は、成功したときの喜びや失敗したときの恥の強さとして反映されるであろう。
*達成傾向=成功志向傾向+失敗回避傾向
*成功志向傾向・失敗回避傾向=動機×課題の困難度×課題の価値
さらに、失敗回避傾向は成功志向傾向を抑える力を持っている。
・以上のようなアトキンソンのモデルから、次のようなことがいえる。
(a)成功動機の強い人は、難しすぎたり易しすぎたりする課題を選択せず、成功と失敗の確率が五分五分の課題に挑戦しようとする。大学受験でいえば合否が五分五分の実力相応の大学を受験することになろう。
(b)失敗回避動機の強い人は、確率が五分五分の課題を最も避け、非常に困難な課題や非常に容易な課題を選択する。大学受験でいえば必ず合格する入学の容易な大学か、不合格の確率の非常に高い最難関の大学を受験することになろう。
以上の仮説から考えると、最初の例の中のA君は(b)の失敗回避動機の強い、つまり失敗を恐れるタイプの人間と考えることができる。
*ここで疑問点が浮かびあがる。失敗を恐れるのになぜ成功の見込みのない困難な課題を選択するのだろうか、という点である。易しい課題なら成功の確率が高いから、失敗回避動機の強い人がそれを選択するのはわかるが、失敗の確率の高い課題を選択するのはなぜなのだろうか。
◎成功・失敗の原因と意欲
人間は、成功や失敗をしたとき、なぜ成功したのか、なぜ失敗したのかと考えることが多い。このことを意欲の問題と関連づけたのがワイナーである。ワイナーによると、人間が成功したり失敗したりしたとき、その原因に主として四種類のものがあるという。
(1)「能力」に関するもの
「自分は頭がよいから成功した」とか「自分はばかだから失敗した」というもの。
(2)「努力」に関するもの
「一所懸命努力したから成功した」とか「努力しなかったから失敗した」というもの。
(3)「課題の困難度」に関するもの
「問題が易しかったから成功した」とか「問題が難しかったから失敗した」というもの。
(4)「運」に関するもの
「運が良かったから成功した」とか「運が悪かったから失敗した」というもの。
*統制の位置について
ワイナーがわけた四種類の成功・失敗の原因のうち、(1)の「能力」と(2)の「努力」は、内的要因といって、結果を自分の責任に帰しているが、(3)の「課題の困難度」と(4)の「運」は、外的要因といって、結果を自分以外のせいにしている。自分の責任にするか自分以外の責任にするかは感情反応と関係する。たとえば、定期試験で良い成績を残したときその原因を「能力があったから」とか「努力したから」と考えれば誇らしいが、「課題が易しかったから」とか「運がよかったから」と考えれば、誇らしいとかうれしいなどの感情を引き起こさない。
一方失敗したときその原因を「能力がなかったから」とか「努力しなかったから」とした場合は恥ずかしいが、「課題が難しかったから」とか「運が悪かったから」と考えれば恥ずかしくない。このように、周りの状況や、感情や思考の原因を自分の外に求める、または自分の内に求めることを統制の位置(ローカス・オブ・コントロール)いい、統制の位置はさきほど述べた通り感情反応とむすびつく。
*安定性について
今度はワイナーがわけた四種類の成功・失敗の原因について観点を変えて考えてみよう。(1)の「能力」と(3)の「課題の困難度」は安定した特性といえる。なぜなら、能力は急激に上昇したり下降したりすることはないし、課題の困難度も急激に変化することはない。(2)の「努力」と(4)の「運」は、変動する要因であるといえる。なぜなら、努力には際限がないし、また、全くやめてしまうことがある。運も今回はついていなかっただけで、前回はついていたのかもしれないし、次回もつきが回ってくるかもしれない。このように、その要因が安定しているか変動するものなのかを「安定性」の次元という。安定性の次元は期待と関係する。たとえば、ある課題に失敗したとき「能力」や「課題の困難度」のせいにすると、そうした要因は安定しているものであるから次回への期待がもてない。一方、「努力」や「運」のせいにすれば、今回は失敗したが次回は努力すれば成功するかもしれないとか、今回は運が悪かったが、次回はつきが回ってくるかもしれないというように、次回への期待をつなぐことができるというわけである。ドウェリクらの研究では、失敗経験を努力に帰属した生徒は、努力すれば成功するという期待をなくさず、達成意欲をもち続けたのに対し、能力に帰属した生徒は、たび重なる失敗経験により、「何をやってもだめなんだ」という無力感を形成すると述べている。
・ワイナーは、以上のことを表のようにまとめている。
安定性 |
統制の位置 |
||
内的 |
外的 |
||
安定 |
能力 |
課題の困難度 |
|
不安定 |
努力 |
運 |
|
ワイナーによる成功・失敗の原因の分類
*さらに、ワイナーは意欲的な行動(達成行動)と原因帰属(※1)との関係を、図のように公式化している。
(※1)原因帰属…ある課題の達成に成功したとき、あるいは失敗したときに、その原因
をどこに求めるかということ
達成行動と原因帰属の関係
*原因帰属を安定性に求めた場合、期待変動と関係するので、次回の行動が意欲的になるかどうか左右される。
*原因帰属を統制の位置に求めた場合、感情反応と結びつくので、個人の考え方により次回の行動が意欲的になるかどうか左右される。
◎意欲的な人間
今かりに、ある課題に失敗したとする。そのとき、努力が足りなかったというふうに考えると「恥ずかしい、くやしい。でも今度は努力すればきっとうまくいくはずだ。だからがんばってやろう」と思えるだろう。それ以外の特性のせいにしたのでは、このような気持ちは生まれないだろう。
先に述べたA君は、失敗を恐れているのにも関わらず、最難関のX大学に合格することが目標であった。しかし最難関のX大学を受験して失敗してもそれは、X大学が難しかったこと(課題の困難度)のせいであり、自分のせいではないのである。だから失敗しても恥ずかしくないし、体面が保てるのである。彼が、自分の学力で合格できるかできないかのすれすれの大学を受験したとすると、失敗すれば自分のせいになってしまう。彼はそれを恐れているのである。原因帰属の理論によると、成功の原因を自分自身の内的要因に、失敗原因を不安定な内的要因に帰属することが意欲の強い人の特性であるという。A君の場合、X大学の受験を失敗したとき、その原因を安定的な外的要因である「課題の困難度」に帰属することになるので、彼は意欲的であるとはいえないのである。
何事においても自分の実力相応(成功と失敗の確率が五分五分)の課題に挑戦し、成功したときはその原因を自分自身の内的要因に帰属させ、失敗したときはその原因を不安定な内的要因、つまり努力に帰属させる人間であればその人は意欲的な人間であるといえるのである。
◎ 今回、意欲的な人間とはというテーマについて調べてみて、高校受験のときの自分を思い出した。A君のように、自分の学力では入れそうもない大学を第一志望に選び、毎日勉強していたが、今思えば意欲的に取り組んではいなかったような気がする。いくら勉強をしてもなかなか進まずいらいらが募り、いつも進まないでいた。問題も解けないのだから意欲的に勉強できるはずがない。結局、その第一志望の大学は不合格だったが、最初から受かるわけもないと思っていたので、そこまで悔しいとは思わなかった。目標を高くもつのはいいことであるが、その目標に対して努力を怠らず意欲的に取り組むことができるか考えてみるのも大事なのではないかと思う。しかし、実力相応ではなくとも、日々努力を積み重ね少しずつ自分に自信をもって、その目標に達成することができればこれほど素晴らしいことはないであろう。
参考文献
:心理学辞典:誠信書房
参考ホームページ
:教育心理学:http://www.ym-world.com/sinri/kyouiku/
◎ 質問の回答
質問:
*
達成傾向=成功志向傾向+失敗回避傾向
*
成功志向傾向・失敗回避傾向=動機×課題の困難度×課題の価値
さらに、失敗回避傾向は成功志向傾向を抑える力を持っている
以上のようなアトキンソンのモデルから、なぜ、成功動機の強い人は成功と失敗の確率が五分五分の課題に挑戦しようとし、失敗回避動機の強い人は確率が五分五分の課題を最も避け、非常に困難な課題や非常に容易な課題を選択するといえるのか?
回答:
アトキンソンによると、達成傾向の強さ(TA)は、課題達成を促進する成功接近傾向(TS)と課題達成を抑制する失敗回避傾向(TAF)の合成傾向によって規定されると考える。これは、以下のように表される。
TA=TS−TAF
さらに成功接近・失敗回避の各傾向は、動機(成功動機MS、失敗回避動機MAF)、期待(主観的確率:Ps、Pf)、価値(誘因価:Is、If)の乗算的関係によって規定される。これは、それぞれ以下のように表される。
TS=(MS×Ps×Is)、TAF=(MAF×Pf×If)
Psとは成功の主観的確率で、実験的には、課題の困難度に関する提供情報や、実際の課題の困難度の変化によって操作される。Isは成功の誘因価で、具体的には成功時に感じられる誇りの感情が想定されている。Pfは主観的確率で、アトキンソンはPs+Pf=1と考えられることから、Pf=1−Psと表すことができるとしている。
また、アトキンソンによると、誘因価と主観的確率の間には逆比例の関係があるというものである。これは以下のように表される。
Is=1−Ps、If=1−Pf
以上のことからTA=TS−TAFは、次のように表すことができる。
まず、TA=TS−TAF
これに、TS=(MS×Ps×Is)、TAF=(MAF×Pf×If)を代入すると、
TA=(MS×Ps×Is)−(MAF×Pf×If)
さらに、Is=1−Ps、If=1−Pf を代入すると、
TA=[MS×Ps×(1−Ps)]−[MAF×Pf×(1−Pf )]
ただし、Ps+Pf=1であるから、Pf=1−Ps したがって、これを代入すると、
TA=[MS×Ps×(1−Ps)]−[MAF×(1−Ps)×Ps]
この式は変形して、次のように表すことができる。
TA=(MS−MAF)×[Ps×(1−Ps)]
このように、当初の式では4つあった状況変数(Ps、Is、Pf、If)のうち、3つまでがPsによって表現され、結果的に、TAは2つの動機変数(MS、MAF)と1つの状況変数(Ps)で表される。なお、Psは成功の主観的確率なので0から1の範囲の値をとる。したがって、PS×(1−Ps)は常に正の値をとり、その最大値はPs=.50における.25である。また、このPs=.50時をピークとして、それよりもPsの値が小さければ小さいほど、また大きければ大きいほど、Ps×(1−Ps)の値は小さい値をとる。
(注):Ps=.50の課題とは、中程度に困難な、成功するか失敗するかが五分五分の課題
このことから、達成動機づけについて以下のような関係が導かれる。
まず、MS>MAFの個人では、MS−MAFが正の値をとるので、合成された達成傾向TAも正となり、Ps=.50の時に最大の値をとる。また、この傾向はMS>MAFの程度が大きいほど強められる。
また、MS<MAFの個人では、MS−MAFが負の値をとるので、合成された達成傾向TAも負となり、失敗回避傾向が優勢となって達成行動は差し控えられる。そして、その程度はPs=.50の時に最大である。したがって、この負の合成傾向よりも強いなんらかも外発的な動機づけ要因が関与しない限り達成行動は生起しない。しかも、その場合に生じる達成行動の強さはPs=.50の時に最小となる。
以上のようなアトキンソンの理論、成功動機が強い個人は達成傾向が最大の値となるPs=.50の課題を好み、失敗回避動機の強い個人は達成行動が最小の値となるPs=.50の課題を最も嫌い、絶対成功できそうなやさしい課題もしくは到底成功できそうもない難しい課題を好むといえると思われる。