言葉なきものの色覚
2002.11.20
発表者 成田 法卓
司会者 伊藤 晃
●色とは
すべての物には色があります。私たちはたくさんの色に囲まれて生活しています。色によって物を区別したり、周囲の環境から様々な情報を手に入れています。信号の色、道路標識の色、服飾の色、絵画の色、室内の色や屋外の自然の色など色の役割は多岐にわたっているが、これらはすべて私たちが色を見ることができるからである。正常な目の持ち主は、700万〜800万ぐらいの色を見分けることができる。私たちの住む世界は、700万〜800万ぐらいの色から成り立っているともいえるのである。しかし、色名を100以上も知っている人は滅多にいない。では、「色」とは何か。このようにあらためて問われると答えられない人が圧倒的に多いだろう。
●色は目の性質
しかし、上の質問に単純に答えるならば、色とは目の性質である。色が何であれ、色とは私たちの視覚―大脳系が生み出す感覚なのである。色は光の波長成分を基にして大脳内で生み出される神経応答であり、光は単に様々なエネルギーを持つ波長から成り立つ電磁波にすぎないのである。
色が眼の性質、視覚系の応答であることは間違いない。すると、観察条件によって当然変わるべき色が変わらないのは、視覚―大脳系が色を物の属性のように見せているという以外に理由は考えられない。大脳は本来、感覚である色をあたかも物の表面に付いているかのように見せ、その上、照明光などによらず一定の見えにしている。これは色の研究の上では「色の恒常性」と呼んでいる現象である。
●恒常性
「恒常性」とは観察条件によらず物を常に変わらないように見せる大脳の重要な機能の現れである。この視覚機能が備わっているからこそ私たちは様々に変わる環境の中で不自由なく活動できるのである。色覚のメカニズムも、物の表面で反射した光を用いて物の表面そのものを知覚するという恒常性の機能を持っているのである。
以上のことから、言葉は色彩の区別のために必ずしも必要でないことがわかる。ここで赤ちゃんを例にあげたいと思います。
●赤ちゃんの好きな色
進化論のチャールズ・ダーウィンは色彩知覚は子供時代を通じて獲得されると信じていた。一方、心理学者のジェームズ・ボールドウィンは生まれつき色を区別し、好みを持っていると考えた。そして今、心理学者は言葉を知らない乳児の「意思表示」を知るために微細な反応を利用するようになった。その一つは「注視する」反応である。これについて次のような実験を行った。
赤ちゃんの前方のスクリーンに色彩が呈示される。同時にスクリーンの向こう側から、のぞき穴を通して赤ちゃんの目の動きが記録撮影される。このようにすればどの色を長く注視したか簡単に測定できる。図1には、15秒間ずつ呈示された色が、平均何秒注視されたか点線の折れ線で示してある。実線の折れ線は、大学生の色の評価を「快適さ」について調べた結果である。
図1 赤ちゃんの「注視」時間と大学生の「快適度」得点
この実験から2つの点が指摘される。第一に、赤ちゃんは色を区別していることである。そして第二に、すでに赤ちゃんが色の好みをもっており、視覚系のメカニズムは大人と変わらない。しかし、見るという行為は膨大な視覚データを記憶し、それらと比較対照する作業でもある。つまり言語と同じように言葉や文章を学習して初めて使えるように、視覚も学習ののち見えるのである。
ウエスタン・リザーブ大学教授、R.Lファンツの研究では赤ん坊に意味のない絵を見せた場合と、人間の顔の絵を見せた場合では、人間の顔の絵により強い興味を持ち、平面の写真より立体の実物へより強い関心を持ったという。初期学習では明暗から立体へ移行すると考えられる。
次に、エリノー・ギブソン夫人が行った実験で「安全なガケ」というものがある。床に大き目の穴をあけ、その上をガラスで覆う。すると見かけは危険な崖に見えるが、安全は保たれている。これを安全な崖と呼んでいる。ハイハイしだした赤ん坊を、おもちゃなどを使い母親が崖の反対側から呼んでも、見かけ上の崖の上で動かなくなる。これによってハイハイし始めた赤ん坊でも、奥行き感はかなり早期から完備していることがわかった。
●赤ちゃんの色分類
誰でも物めずらしい対象が現れると、これをじっと注視する。飽きると注意がそれる。「慣れる」という反応は、赤ちゃんの一つの「意思表示」として使うことができる。前の実験でも、長時間、あるいは何度も同じ色を呈示すると次第に赤ちゃんは「慣れて」注視率が下がる。新しい色には注視率が上がる。新しい色と見慣れた色が同じ注視率だったとすれば、赤ちゃんは「色を区別しなかった」か「同じカテゴリーの色に分類した」と考えてよい。青に慣れてから緑を呈示すると、赤ちゃんはこれを新しい色として反応する。さらに、ある青を呈示してから別の青に置き換えても、赤ちゃんは見慣れた色として反応する。こうして調べた結果、赤ちゃんも成人と同じように、色スペクトルを、赤、黄、緑、青の四つに分類をしていることがわかったのである。
●チンパンジーの色覚
次に、人間以外の哺乳類の代表としてチンパンジーの色覚を調べる。例にあげるのは、1940年代初期にGretherが行った、波長輝度純度の弁別の測定、および人間とチンパンジーでの可視スペクトルの波長限界の比較である。これらの実験は優れたものである。その理由は、彼は一貫して同じ状況下で人間とチンパンジーとを検討し、有用な比較データを得たからである。彼は色覚を測定するために、二選択肢弁別装置でチンパンジーを訓練した。その装置では、テスト刺激(さまざまな白色光と単色光)が白色の円板に投射された。チンパンジーは餌の報酬を得るために、それらの円板のうちの一方に手を伸ばすよう訓練された。結論から言うと、彼はチンパンジーと人間の波長弁別能力は非常に似ているとした。というのは、その2種の波長弁別曲線は一般的に同じ形を示していたからである。ただし、非常に長い波長領域では、チンパンジーの弁別閾は人間のそれよりも明らかに高かった。次のページの図に示されているのはその比較である。×の点線が人間で、●の実線がチンパンジー。
図2 チンパンジーと人間の弁別閾
他にも、色のついた多数のチップをチンパンジーに与えたところ、何の指示もしていないのに、自ら進んでこれらのチップをその色の違いによって分類したという例もある。
◎
このようにチンパンジーも赤ちゃんも我々人間、成人の人間と同じような色覚を持っていると言えるだろう。色の分類は言葉があるからではなく、学習によらない「自然の色彩スペクトル分類」というものによってなされているといえるのである。
参考文献
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色覚のメカニズム:色彩科学選書
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動物は色が見えるか:晃洋書房