不安を忘れたい 〜抑圧のメカニズム〜

 

                                                                            発表日  2002.11.13

                                           発表者   金澤 文香

司会者   工藤 有華

 

T意識と無意識

  私たちは日常よく「意識」「無意識」という言葉を口にします。この二つは、文字にすると一字の違いですが、意味にするとどのように違うのでしょうか。

  広辞苑によると、意識とは、対象をそれとして気にかけることです。この時の対象とは、人や物など目に見えるものから感情など幅広い意味で捉えて下さい。この言葉に関連して「下意識」「前意識」「無意識」があります。下意識とは、意識されてはいないが、思い出すことが可能な心の領域のことです。また前意識とは、精神分析で、現に意識されてはいないが意識化が可能な心の領域のことです。この、下意識と前意識はほぼ同じ意味として用いられます。最後に無意識とは、夢・催眠・精神分析によるところなしには捉えられない状態で、日常の精神に影響を与えている心の深層のことです。これは、フロイト(1856〜1939・神経科医師)によって発見されました。無意識は一般に、認識することが難しいとされていて、何がしかの思慮が無意識の世界に存在することは、多くの場合日常生活に影響を及ぼしていることが非常に多いのです。また、無意識内容は不滅です。つまり一度、無意識に取り入れられた記憶は残存するということであり意識に影響するということである。記憶との関係を述べると意識状態の記憶は忘却されやすいが無意識状態ではむしろ逆で忘れがたいと考えられます。表1参照。

 

     表1 藤永英治(1999.5

 

  意識

  無意識

   記憶

  忘却

   蓄積

記憶の想起

  可能

   困難

 

U無意識の構造

 無意識の働きは大きく「エス(イド)」「超自我」「自我」があります。これらはフロイトにより発見されました。以下のそれぞれはフロイトの無意識の構造による理論です。

 エス(イド)とは、パーソナリティーの原始的で、根本的な部分。つまり、本能的で欲動的な部分のこと。ひたすら快を求めている、いわゆる煩悩のかたまりの部分です。

  超自我 とは、エスとは正反対に、秩序や規則を何よりも重んじる部分。道徳的意識や、恥・罪の意識が生まれる部分のことです。フロイトが立てた仮説によると、超自我が過度に発達している人は、神経症的反応をする傾向がある。エスの願望と超自我の禁止との間の絶えまざる葛藤は、慢性的な不安と緊張を生みます。他方、超自我が十分に発達していない人は、人格障害になる傾向があり、彼等は、無責任で、衝動的であるのようです。

フロイトによると、超自我は二つの面を持っています。それは、良心と理想自我( ego ideal )です。良心は、警告をしたり、ある願望は禁止されていると自己に告げる超自我の側面です。良心の活動は、罪悪感を生みます。理想自我は、目標を指し示す超自我の側面であり、この目標は、両親の抱負を子供が知覚したことから生まれることが多いようです。

  自我とは、エスと超自我の調節をとって、統一性をもたらす部分のこと。いわゆる理性の部分のことです。この調節がうまくいかず、人は葛藤を繰り返しているのです。ここは不安を感じる唯一の場所です。不安は、自我がエスの欲動を抑えられなくなった時で、かつ、欲動の結果が不快感を起こすと経験的にわかった時のみ、エスの衝動を抑えようとして起こります。そして、この不安という感情は防衛機制(特に抑圧)につながっています。

 

V防衛機制

 防衛機制とは自我の働きのひとつで自分自身の心を、葛藤からさまざまな方法で守ることです。例えば、急に危険に陥ったりしたら、誰でも考えがまとまらなくなり何も手につかなくなります。そんな時、心が分裂したり、崩壊したりすることを防ぐのが防衛機制です。防衛機制はいろいろなものがありますが(EX・抑圧、合理化、同一視、投影)その多くが心の病気と密接な関係にあるといえます。(参考:Y神経症と防衛機制)しかし、防衛機制=心の病気と考えるのは少し違います。防衛機制は、どんな状況に陥っても、なんとか意識の連続性を保つための、一時的な心の安全装置だと考えてください。ただし、この装置は心の自由を奪いますし、ずっと作動しつづけると心身に負担がかかって、安全が保てなくなります。そんな時に、心の病気になってしまうのです。

※自我の働きは防衛機制の他に、自我の自律性、弾力性、統合機能、支配・達成、現実検討、判断・予測、現実感、思考過程、欲動コントロールなどがあります。

 

Wフロイトの抑圧理論

防衛機制の中心的働きをするのが抑圧です。抑圧とは、自分自身では受け入れられない考えや感情・記憶を否定し、無かったことにしようとしたり、無理やり忘れようとしたりすることです。これをフロイトは「意識から遠ざけること」と言っています。さまざまな防衛機制は、全て抑圧を前提としています。もちろんこの行為全ては、無意識化で行われています。そのため意識的に行う抑制とは区別されます。
  
また抑圧とは、精神分析における最も重要な概念で、ヒステリーや神経症も典型的に認められる防衛機構とみなされています。

人は絶えず抑圧のためにエネルギーを消費し、疲労していると言えます

 

Xアンナ・Oの症例

 アンナ・Oはフロイトの患者で、さまざまな神経症症状を持っていました。その中のひとつ、「コップから水が飲めない」という症状について。

 フロイトは、アンナを催眠浄化法(患者を催眠状態にして、無意識にある抑圧を患者自身に語らせることにより、無意識の抑圧を意識させて、催眠状態が解けたときに抑圧も緩和させる心理療法)による治療を行った。すると、彼女は、昔ある家に呼ばれた時(ちなみにその人が嫌いだった)、自分に出された物と同じコップで、その家の飼い犬が水を飲んでいたことに強いショックを受けたそうです。そして、そのことが原因となりコップから水を飲むということ自体が出来なくなってしまったと語りました。その後、催眠状態から戻ったアンナは目の前にあった、コップに入った水をゴクゴクと飲み干しました。

 アンナは「嫌いな人の家に行った」ことと「犬が同じコップで水を飲んでいた」ことに不快感を覚えたと予想されます。そして、このときの不快感を思い出す要因が「コップから水(飲み物)を飲む」ことだったのです。その結果、アンナは無意識のうちに「コップから水を飲む」ことを抑圧し、その行為を自分で行わないために、恐怖心を植え付けたのです。また、催眠浄化法により過度の抑圧が解かれた結果、「コップから水を飲む」ことが可能になったのです。

 

Y神経症と防衛機制

 転換ヒステリー(症例・エリザベート嬢:下肢のマヒ→姉の夫に愛されたいという願望と道徳的観念の狭間で葛藤していた)

   抑圧…姉の夫に愛されたいという欲望を無意識に押し込めた

   転換…下肢の麻痺という身体症状に転換して自己処罰した

≪不安や罪悪感を感じないために、身体症状に苦しむのが特徴≫

 

神経症(症例・教科書の症例:母親を独り占めしたい願望とそうさせない弟への非道徳的感情の狭間で葛藤していた)

   抑圧…弟がいなくなればいいなどといった攻撃衝動を無意識に押し込めた

   反動形成…抑圧した感情が意識化に上らない様に欲動の反対の行動をとり、母や大人には素直ないい子になり、弟には良く世話を焼く良い姉を演じた

≪不快感情が意識化に上らない様に抑圧するだけではなく、念を押すように欲動と反対の行動をとり、感じない状況を作り出すのが特徴≫

 

Z防衛機制の動き

 欲求     自我による    危険    自我で       危険回避へ

        記憶の検索          抑えられない    抑圧へ

 


抑えられる

 

危険でない           欲求達成へ

 

 

図1抑圧理論の基本型

 

 

 

 コップの水が呑みたい    自我による記憶の検索    不安    飲めない

 

図2抑圧理論のアンナ・O

 

 

まず、何らかの欲求が生じます。その時、自我はこの欲求が達成された状態を推測し、そこに危険状態を見つけ出した場合、それが起こっては大変だとして不安を感じます。そして、何とかして欲動(人間を行動に駆り立てる内在的な力)を制御しようとします。それが出来ないほどエスによる欲求が大きい時は、抑圧が起こります。危険状態を見つけない時・自我で欲求を抑える又は調節が可能な時に抑圧は生じず、欲求達成へ向かうのです。つまり、もう二度と体験したくない・感じたくないと思っていることを体験したり・感じたりしてしまう状況になったとき、自我が危険状態を再現し欲動に不快感(不安)を与えることにより、無意識化から意識化にその欲求が現れてこないようにするのです。抑圧は、快感情では決して起こりません。抑圧された欲動は、自我の影響を受けなくなり、無時間性の中で永遠に存在し、自我を脅かし、意識化に見えないプレッシャーを与え続けることになります。多くの場合、抑圧された欲動はさらに別の防衛機制が働きます。つまり、大抵の場合、抑圧は一つの経過であって結果ではないのではないです。アンナ・Oの症例のように、抑圧の他に別の防衛機制が働いてない場合は珍しく、問題なのは、エリザベート嬢や教科書の症例など、抑圧に関連して別の防衛機制が働き、実際日常生活に支障を及ぼすような時です(神経症)。とくに、教科書の症例では、性格形成において重要な時期に強い欲動を抑圧することにより、彼女自信のパーソナリティーが歪んで作られたことになります。つまり、子どものパーソナリティーが、心理的環境(特に両親によるしつけ)や遺伝的な要素により形成されていく過程において、抑圧の規制がいかに大きく関与し、いかに大きな影響をしているかが分かります。この状態から抜け出すには、催眠浄化法などの心理療法に頼り、やはり、まず抑圧の根底にあるものを意識化する必要があるのです。

 

[まとめ

症例のような神経症レベルまでいかなくても、人は過去に色々な不快感を解消しきれないままにしていることは多いでしょう。その部分が受け入れられるようにアプローチしていくことは、これからの生活において前向きな結果をもたらすことになる気がします。また、なぜ抑圧が、精神分析学や神経症治療において大きな存在として扱われているのかが始めて判りました。今回調べていて、防衛=抑圧理論という概念を基本として、抑圧がこんなにも意識化の世界に影響して、悩ますものだと知り、その力の大きさに驚きました。とくに性格形成時期(パーソナリティー形成時)の抑圧が、その後の性格を歪めることになる点には脅威を覚えました。

 

 

引用文献  小川捷之・椎名健(1985.4.20)心理学パッケージPart5 プレーン出版

        藤永英治(1999.5) http://wwwamy.hi-ho.ne.jp

参考文献  A.フロイド(1973.7)自我と防衛 誠信書房 

 

発表を終えて

発表中で「無意識と意識の違い」についての質問が非常に多かった点においては私の説明不足だったかなと反省しました。今回は少し、説明を付け加えました。確かに、「無意識」という言葉は日常生活においてしばしば用いられていますが、いざ説明しろと言われると非常に難しいなと思いました。そもそも無意識とは意識することができないのであるから、存在しないのではないかと言われればそれまでのような気になってしまいます。しかし、私はこの発表の中で、改めてその存在を認識したような気がします。事実、アンナのように催眠浄化法により無意識を語る患者はたくさんいますし、その多くがそれを繰り返すことにより症状が改善しているのです。また、今回はテーマとずれるので載せませんでしたが、「夢」も無意識の世界が垣間見られるものの一つなのです。

「抑圧」そのものについて、説明が不十分だった感が全体的にあったので、抑圧理論について補足しておきました。また、「抑圧」はそれ自体で一つの症状を形成していると考えていた人が多かったようです。本来はそうなのですが、実際は抑圧により誘発される防衛機制や、自我のその他の働きがあり、これが複雑に絡み合って心的症状がでるのです。このことは人間のつくりの複雑さを示しているのだと思いました。

非常にはっきりしないテーマで、下調べに苦労しましたが、自分の気になっていたことだったので頑張ってよかったなと思いました。