意欲ある人間とは〜成功・失敗の原因とやる気〜

2001年12月13日
発表者 0107052 田中  航   
司会者 0107049 高橋 絵梨子

                                                                                    


 大学受験を控えているA君は、再難関と呼ばれるX大学を受験しようと考えている。しかし、彼の成績から判断すると合格する見込みはほとんどない。困難な課題に取り組もうとする気持ちは立派ではあるが、彼の気持ちが意欲に満ちているとはいえるのだろうか。

  意欲とは

 意欲とは、「困難なことをうまく成し遂げたい、競争事態で人よりすぐれた成績を得たい、すぐれた業績をあげたい、というようないわゆる何らかの価値的目標に対して、自己の力を発揮して障害に打ち勝ち、できるだけよくその目標を成し遂げようとする動機または要求を意味する。」
(引用文献 「教養の心理学」 林 保 朝倉書店 1983)

   アトキンソンによるモデル

 ミシガン大学のアトキンソン(J.W.Atkinson)は、意欲的な行動(達成行動)は成功しようとする行動(成功志向傾向)と失敗を避けるような行動(失敗回避傾向)の合成によって成立し、失敗回避傾向は成功志向傾向を抑える力を持つと考えている。
 成功志向傾向も失敗回避傾向も「動機と課題の困難度と課題の価値がかけ合わさったもの」である。

   ◆ 仮説

 これらのことから以下のような仮説が考えられる。
1)成功を求める気持ち(成功動機)の強い人は、難しすぎたりやさしすぎたりする課題を選択せず、成功と失敗の確立が五分  五分の課題に挑戦しようとする。
2)失敗を避けたい気持ち(失敗回避動機)の強い人は、確立が五分五分の課題を最も避け、非常に困難な課題や非常に容  易な課題を選択する。

 ◆  検討

 フェーザー(Feather)は、一筆書き課題を用いて、成功動機の高さと成功確立が課題に取り組む持続性にどのような影響を与えるかを検討した。その結果、成功動機の強い人たちは、成功確立が50%に近い場合に持続性が高く、成功確率の低い場合には持続性が低く早くあきらめることが多かった。
 逆に、失敗回避動機の強い人たちは、成功確率が非常に低い場合に持続性が高く、成功確率が50%に近い場合には持続性は低かった。

   疑問

 この仮説を考えた場合つぎのような疑問が残る。それは、失敗を恐れるのであれば、成功の見込みのない困難な課題をどうして選択するのだろうかということである。やさしい課題なら成功の確率が高いから、失敗回避の強い人がそれを選択するのはわかるが、失敗の確率の高い困難な課題を選択するのは果たしてなぜなのか。

   ワイナーによる成功・失敗の原因の分類

 人間は成功や失敗したとき、その原因は何なのかと考えることが多い。ワイナー(B.Weiner)はこのことを意欲の問題と関連付けて考えた。
 彼によれば、人間が成功したり失敗したりしたとき、その原因には主として以下の四種類のものがあるという。
(1) 能力――――――――「頭がいいから成功した」「ばかだから失敗した」
(2) 努力――――――――「努力したから成功した」「努力が足りないから失敗した」
(3) 課題の困難度――――「問題がやさしかったから成功した」
                 「問題が難しかったから失敗した」
(4) 運―――――――――「運がよかったから成功した」
                 「運が悪かったから失敗した」

    ◆ 統制の位置と感情反応の結びつき
 
 これらのうち、第一の「能力」と第二の「努力」は結果を自分の責任に帰している。しかし、第三の「課題の困難度」と第四の「運」は、結果を自分以外のせいにしている。結果を自分以外のせいにするかしないかは感情反応と関係する。たとえば、ある課題で成功したときその原因を「能力があったから」とか「努力したから」と考えれば誇らしいし、逆に失敗したときにその原因を「能力がなかったから」とか「努力をしなかったから」と考えれば恥ずかしいだろう。
 このように原因を自分の責任に帰するかどうかの問題は、「統制の位置」の次元と呼ばれる。「統制の位置」は感情反応と結びつくのである。

     ◆ 安定性と期待の結びつき
 
 第一の「能力」と第三の「課題の困難度」は安定した特性である。これは、能力は急激に上昇したり下降したりすることはなく、課題の困難度も急激に変化することはないということを意味している。
第二の「努力」と第四の「運」は変動する要因である。すなわち、努力には際限がないが全くしなくなることもあるだろう。運についても前回と今回、あるいは、今回と次回で違うかもしれない。
 このように安定しているか変動するかの問題を「安定性」の次元という。この安定性の次元は期待と関係する。たとえば、ある課題に失敗したときその原因を「能力」や「課題の困難度」にするとそうした要因は安定しているから次回への期待は持てない。逆に、「努力」や「運」のせいにすれば、次回への期待をつなぐことができる。
 ワイナーは以上のことを表のようにまとめている。


                         

 さらに、ワイナーは意欲的な行動(達成行動)と原因帰属との関係を図のように公式化している。


   ◆成功動機の高い者と成功動機の低い者との比較
 
  成功動機の高い者は、成功した場合にはその原因を自らの能力や努力に帰し、失敗した場合は自らの努力不足に帰す。成功動機の低い者(失敗回避動機の強いもの)は、成功した場合特に特徴的な帰着に傾向を見せないが、失敗した場合には自らの能力不足に帰着する。
 こうした帰着の傾向の差異によって生じる行動上の違いについてワイナーは次のように説明している。
1) 一般に、成功動機の高い者は成功動機の低い者に比べてより成功志向傾向的で、達成課題にとりくもうとする。一方、成功動機の低い者はむしろ達成課題を避けようとする。
2) 成功動機の高い者は達成することは可能だが努力を要するような課題において、成功動機の低い者より粘り強くとりくむ。
3) 成功動機の高い者は成功動機の低い者にくらべて成功の見込みが半々程度の中くらいの困難度の課題を好んで選び、 成功動機の低い者は成功動機の高い者にくらべて、できると分かったやさしい課題やむずかしすぎて成功の見込みのない課題を好んで選ぶ。

   ◆ まとめ
 
 先にでた疑問「失敗を恐れるのであれば、成功の見込みのない困難な課題をどうして選択するのか」に対する答えは次のようになる。
 最難関の課題を選択し失敗したとしてもそれは、課題の困難度のせいにでき、自分のせいではない。そのため失敗しても恥ずかしくないし、体面が保てるのである。しかし、実力相応の課題を選び失敗すれば自分のせいになってしまう。このことを恐れた結果先のような行動をとるのだ。
 何事においても、自分の実力相応の課題に挑戦し、その結果を努力のせいにする人間であれば、その人は意欲的な人間と言えるのである。

   ◆ 終わりに 
 今回調べてみて自分は今までの達成行動の結果をどこに帰属していたか振り返ってみた。そうすると、その課題が得意なものか不得意なものかによって帰属する場所に違いがあることに気が付いた。たとえば、得意な課題において失敗したのならばそれは自分が努力を怠ったからだと考え、逆に不得意な課題において失敗したなら、自分にその能力がないからとかその課題が難しいすぎるからだと考えた。このことは、得意なことには意欲的になり、不得意なことには意欲的にならない自分の傾向にあっている。
 おそらく、たいていの人は達成課題が得意であるか不得意であるかによって意欲的になったり意欲的でなかったりするだろう。そのため、一概にある人のことを「意欲的である」「意欲的でない」とはいえないのではないだろうか。

引用文献 林 保 「教養の心理学」 朝倉書店 1983
日本行動科学学会 「動機づけの基礎と実際」 川島書店 1997

 以下には参考資料として「アトキンソンによる期待―価値モデル」と「女性と達成」を載せておく。
なお、全体を通じ用語の統一を施した箇所は緑色の字で示した。

  アトキンソンの期待―価値モデル
 
 先に述べたように達成傾向(TA)は、成功志向傾向(TS)と失敗回避傾向(TAF)の合成されたものである。したがって、達成志向傾向は次の式で示される。ただし、TAFはマイナスの値。
  TA=TS+TAF……@
 次に、成功志向傾向(TS)は、成功しようとする動機(MS)と成功の主観的確率(PS)―どの程度成功できそうか(課題の容易度)―と成功の誘因(IS)―成功したことの喜び―が掛け合わさったものと捉えられる。したがって、成功志向傾向は次の式で示される。
  TS=MS×PS×IS……A
 ところで、成功の誘因―成功したときの喜び―は、困難な課題でのほうが容易な課題でより大きいから、この両者のは補数関係にある。したがって、成功の誘因は次の式で示される。
  IS=1?PS……B
Bの式をAの式に代入すると、次のようになる。
  TS=MS×PS×(1―PS)……C
 一方、失敗回避傾向(TAF)も失敗を避けようとする失敗回避動機(MAF)と失敗の主観的確率(PF)―どの程度失敗しそうか(課題の困難度)―と失敗の誘因(IF)―失敗したときの恥じ―が掛け合わさったものと捉えられる。したがって、失敗回避傾向は次の式で示される。
  TAF=MAF×PF×IF……D
 同様に失敗の誘因―失敗したときの恥じ―は、容易な課題でのほうが困難な課題でより大きいから、この両者の関係も補数関係にある。
  IF=1―PF……E
Eの式をDの式に代入すると、次のようになる。
  TAF=MAF×PF×(1―PF)……F
ところで、失敗の主観的確率(PF)は、成功の主観的確率(PS)と補数関係にあるから、次のように表せる。
  PF=1―PS……G
Gの式をFの式に代入すると、次のようになる。
  TAF=MAF×PS×(1−PS)……H
CとHの式を@の式に代入すると、次のようになる。
  TA=(MS―MAF)×PS×(1―PS)……I

(引用文献 「動機づけの基礎と実際」 日本行動科学学会 川島書店 1997)

    ◆ 女 性 と 達 成

 成功動機づけの研究において、これまでその対象はつねに男性が中心で、女性のデータは取り上げられることが少なく、また取り上げられても結果の一貫性を欠くことが多かった。
 ホーナー(Horner)は、女性の成功動機に注目し、アトキンソンが提唱した成功動機の成分である、成功志向傾向失敗回避傾向のほかに、第三の成分として、女性に特有であるという成功回避傾向(あるいは成功恐怖)の概念を提案した。
 成功や達成、およびそれらに向けての努力は、女性の場合男性とは違って複雑な意味あいをもつとホーナーは指摘する。つまり、成功することは女性にとって伝統的な女性の性役割という社会的規範から逸脱することであり、そこから生じる否定的な結果に対して恐れや不安を抱く。それは、たとえば同棲の友人たちからうとまれたり、男性から敬遠されて結婚にさしさわりができる、というような周囲からの社会的拒への恐れや不安であり、また女らしくありたいという思いとの葛藤である。こうした、成功を恐れる傾向――成功回避傾向――は、成功志向傾向失敗回避傾向と同様、かなりの安定した人格特性の一つであり、性役割についてのきたいとともに幼児期から獲得されるものであるといわれる。
 この成功回避傾向の測定について、ホーナーは言語刺激による投影法を用いている。“アンは期末試験の結果自分が医学部でトップの成績になったことを知った。”という言語刺激が女子大生に与えられた。一方、男子大学生には同文で名前だけがアンからジョンに変えたものが与えられた。これを手がかりに想像物語を書かせ、以下の採点基準に符号するものがあるかどうかでの成功回避傾向存在の有無を判定した。

成功回避傾向の基準
 @ 成功による何か好ましくない結果がみられる。
 A 成功による何か好ましくない結果が予測されている。
 B 成功に関連して生じた不快な感情。
 C 現在および将来の成功から遠ざかろうとする活動。
 D 成功についての葛藤表現。
 E 言語刺激に示された状況の否定。
 F 言語刺激に対する、奇妙な、不適切な、非現実的な、受け入れがたい反応。

ホーナーはこの測定法によって、成功回避傾向について次のことを明らかにしている。
成功回避傾向は女性に特徴的なものであること――女性の被験者の65%が成功への恐れを示す想像物語を書いたのに   比べ、男性の被験者ではわずか10%にすぎなかった。

成功回避傾向は非競争事態でよりも競争事態において強く喚起される――文字パズルや数的な課題を、1人でおこなう、集 団でおこなう、という状況設定をしたところ、成功への恐れを示さなかった女性は、大部分の男性被験者と同様に1人でおこ なう場合よりも集団でおこなった場合のほうが成績がよかった。これに対して、成功への恐れを示した女性は、集団でおこな うよりも1人でおこなった時のほうが成績がよかった。このように成功回避傾向を示す者は、単独の場合だと他を気にしなくて すむので実力を発揮することができるが、集団の中では他を気にするあまり能率が低下してしまう。つまり、成功回避傾向
 は競争による不安が生じたときに喚起されるものである。

・ 優秀で意欲的な女性が成功への恐れを抱く――成績のよい女子学生のほうが、また成功動機の高い女子学生の方が、そ うでない女子学生よりも高い成功回避傾向を示していた。成功回避傾向はすべての成功や達成に関連して喚起されるので はない。女性が恐れる対象となるのは、伝統的に男性の優位な領域での成功であって、それ以外では成功回避傾向の高い 女性であっても抵抗なく成功を目指すことができる。優秀な女性や達成意欲に富んだ女性は、伝統的に男性の優位な社会 的に価値の高いとされる領域に入って成功するチャンスがそうではない女性に比べはるかに多い。そこで有能な成功回避  傾向の低い女子学生は価値の高い“男性の職業”を選択していく事ができるが、一方、成功回避傾向の高い同様に有能な 女子学生は葛藤に悩んで伝統的に“女性の職業”とされるものへと脂肪変えをしていくようになるのです。

 こうしたホーナーの主張に対して反論もある。ホフマン(Hoffman)やロビソン(Robison)は、成功回避傾向は女性に特有なものではなく、男性にも同様に存在するというデータを示している。ロビソンは成功回避傾向のことを、“成功に伴って生じる否定的な結果を予想する事によって生じる達成抑制的な動機である。”として、男性にとっても有力な位置を占める動機と考えた。たとえば職場での昇進に伴って生じる様々な困難や苦労を考えると地位や給料は低くても現在のままでよいと考える男性は、実際に昇進するかどうかは別として決して稀ではないだろう。また、男子学生の場合、社会での成功や達成ということに価値を置かないために結果として成功を回避するというケースも少ないという。
 さらに、成功回避は被験者の性に問題なのではなく、言語刺激にあらわれる人物の性が問題であり、男性の被験者に“アン”の言語刺激を与えたところ、女性の被験者と同様の高い確率で成功回避傾向の物語が示されたという批判もある。つまり、成功回避傾向とは、女性は達成を目指さない存在だという一般的なステレオタイプの性役割観が反映されたものであるという解釈である(ロビンスとロビンス、Robison&Robisonなど)
 このように、概念の内容や性役割観との関係をはじめとして、成功回避傾向についての研究は今後解決すべき問題を数多く残している。

引用文献 林 保 「教養の心理学」 朝倉書店 1983

 なお、用語の統一を施したところは緑色の字で表示した。