基礎演習
2001.11.29
説得は食事をしながら −説得とは−
発表者 0107049 高橋 絵梨子
司会者 0107047 杉山 麻理江
難しい商談や説得を、食事をしながら進めるというのは、ビジネスの世界ではよくあることである。このような方法が一般的なのは、その効用が経験的に認知されているからであろうが、実際に効果があるものなのだろうか。また、効果があるとすれば、それはなぜなのだろうか。
● 考えられる効果の過程
(1) 聞き手が、食事を提供されることによって、その提供者による説得的コミュニケーションに対して心理的抵抗が低くなり、説得されやすくなる。
→食事の提供者と説得的コミュニケーションの送り手は同一であることが必要条件
(1) 食事をすることが聞き手に快刺激として働き、たまたまそのとき発せられた説得的コミュニケーションに対して、心理的抵抗が低くなり、説得されやすくなる。
→両者は別人であっても効果は変わらない
ジャニス(I.L.Janis)たちの実験
実験の目的 説得される過程が(2)であることを立証するため。
方法と内容 この問題に関して二つの実験を行ったが、基本的には同じ内容の実験なので、最終的には二つのデータを込みにして分析している。被験者は、実験に先立って(実験@では二ヶ月前、実験Aでは実験の直前)意見調査用紙に記入した。その後実験に参加したが、そこで被験者は、「この実験は、大学生の読書傾向を調べるためのもの」という説明の元で、「あるジャーナリストの筆になる評論(説得的コミュニケーション)」を読むように求められた。その内容はいずれも一般に受け入れられていなかった意見に読み手を唱導しようとするものだった。各被験者は次の四種類の要旨のもののどれかひとつを読まされた。
(1) ガンの治療法に満足いく結果が得られるのには25年以上かかるに違いない。
(2) アメリカ軍はこれ以上増員を必要としておらず、現在の規模の85%以下に縮小できるはずである。
(3) 月への往復は10年以内に実現可能である。
(4) 現在の映画は、3年以内にすべて立体画像になるであろう
説得的コミュニケーションを読んでいる間、「スナック提供群」の被験者には、ピーナッツとコーラを勧め、統制群では何も勧めなかった。提供群では、全ての被験者がなにかは口に入れた。コミュニケーションを読み終わると、再び別の意 見調査用紙に回答し、実験は終了した。実験前後の質問用紙には、多くの質問項目が含まれていたが、説得テーマに関する質問が巧妙に混ぜられており、実験前後の態度変化が測定できるように工夫されていた。表が、その結果である。
説得テーマ スナックあり スナックなし (%)
ガン治療 説得方向に変化した人 87.4 74.6
変化しなかった人 6.3 12.7
逆方向に変化した人 6.3 12.7
空軍 説得方向に変化した人 67.2 47.6
変化しなかった人 32.8 47.6
逆方向に変化した人 0.0 4.8
月旅行 説得方向に変化した人 67.2 50.8
変化しなかった人 20.3 28.6
逆方向に変化した人 12.5 20.6
立体画像 説得方向に変化した人 76.6 71.5
変化しなかった人 14.0 17.4
逆方向に変化した人 9.4 11.1
(Janis,I.L.et al.,1965 より岡本が改変)
● 結果と考察
ガン・軍隊・月旅行の三つでは、スナックなしの被験者よりも食べて説得文を呼んだ被験者のほうが説得を受け入れ、唱導方向へ意見を変容させたものが多くなっている。
ここで注目すべきことは、この実験では、説得的コミュニケーションの送り手(評論の著者)と、スナックの提供者(実験者)は別人であり、コミュニケーションに対する同意は実験者の利益にも不利益にもならない状況の実験だったことである。
この結果を、ジャニスたちは(2)の立場が正しかったことを示していると考えている。
このようなことから、スナックの説得の起こる過程が、古典的条件付けによって説明されるようなものに限定されるかどうかはわからないものの、説得時に食べ物や飲み物を提供することが説得を促進する効果を生み、その効果は、食べ物の提供者と説得メッセージの送り手が別人である場合にも乗じることをこの研究は示している。
−以上引用文献 「心理学パッケージ part5」−
「影響力の武器」 ロバート・B・チャルディーニ著 誠信書房 1991年 より引用
〜食事をともにすることによって反対派の国会議員の投票を操作することは、ホワイトハウスの伝統になっています。それはどんな食事でもかまいません。しかし、重要な法案が問題になっているときには、銀製の食器でもてなされます。最近では、政治資金の調達の際、食べ物の提供を含めるのが普通になっています。また、資金提供のために開かれる典型的なディナーでは、一層多くの寄付や努力を求めるスピーチやアピールが、食事の前ではなく、食事中か食後に行われることに注意してください。このテクニックはいくつかの利点があります。たとえば、時間の節約にもなりますし、返報性のルールも働くことになります。しかし、ほとんど認識されていない利点の一つは、1930年代に著名な心理学者グレゴリー・ラズランによって行われた研究で明らかにされたものでしょう。
彼は「ランチョウ・テクニック」と名づけたテクニックを使うことによって、被験者が食事中に関わりのあった人や物をより好きになることを明らかにしました。私たちに最も関係のある例では、被験者が以前に以前に評定したいくつかの政治的意見が再び同じ被験者に提示されました。全ての政治的意見が提示された実験終了時点でラズランは被験者がいくつかの政治的意見に対して好意的になっていることを見出しました。それらの意見は、食事中に提示されたものだったのです。このような好意度の変化は無意識に起こっているものだと思われます。というのも、被験者は食事中にどの政治的意見が提示されたか思い出せなかったからです。
どのようにして、ラズランはランチョウ・テクニックのことを思いついたのでしょうか。なぜ、それが効果を発揮すると思うようになったのでしょうか。その答えは、彼の経歴に含まれる二つの学問上の役割にあるかもしれません。彼は独自の研究者として尊敬されていただけではなく、ロシアの先駆的な心理学文献の初期の英訳者でもあったのです。その文献は連合の原理の研究を扱ったもので、聡明な研究者イワン・パブロフの考えに強い影響を受けたものでした。
パブロフは、以前に行った消化腺に関する研究でノーベル賞を授与されるなど多くの優れた才能を持った科学者ですが、最も重要な実験で彼が示したことは単純そのものでした。彼が明らかにしたことは、食べ物と関係のないもの(ベル)に対して、食べ物に対する動物の典型的な反応(唾液分泌)を生じさせるには、動物の経験の中で二つを単に結合させればよいということです。もし、犬に食べ物を与える直前に必ずベルの音を聞かせれば、まもなく、犬は食べ物がなくてもベルだけで唾液を分泌するようになります。
パブロフの古典的実験からランチョウ・テクニックに至るまでにはさほどステップは要りません。明らかに、食べ物に対する通常の反応を、荒っぽい連合のプロセスによって他のものに移転させることが出来るのです。ラズランは、食べ物に対する自然な反応は唾液分泌の他にも数多くあると言うことに気がつきました。その一つに、楽しく心地よい感情があります。ですから、この快適な感情や好意的な態度を、おいしい食べ物と密接に関連するものなら何にでも(例として政治的意見しか挙げませんでしたが)結合させることが出来るのです。
忠告(説得)から態度を変えるまで
あなたが忠告(説得)を受けたとき、これをどのように処理しているのだろうか。
ここでは、E.ぺティと、T.カシオッポの「精緻可能性モデル」(ELM)に基づいて、説得がどのように処理されるか説明する。
この考え方によると、私たちは外部から与えられた説得的コミュニケーションによって説得されるのではなく、それによって頭の中で反応して作られた"考え"(心理学では「認知的反応」)によって説得されると考えている。すなわち、ある問題に関して説得的コミュニケーションを受け取ると、その問題に関してすでに持っている知識とそのメッセージに含まれている情報を関係付け、比較検討し、そのメリットを考えるなどすることで、結果的に認知的反応が生じる。その認知的反応は相手の説得と一致する(結果的に説得を受け入れる)場合もあるし、一致しない(結果的に反対の態度を示す)場合もある。
ところで、このELMによると、わたしたちは説得された問題に関心を持ち"考えたい"という「意欲」と、"考える"「知識・能力」のそれぞれを、持っている場合と持っていない場合がある。両方を持っている場合、今説明したように細かく検討された上での認知的反応が生じる。そのため、ここで変えられた態度は以後も変わりにくい。しかし、どちらかしか、あるいはどちらも持っていない場合は、説得者が専門家である、信頼できるものであるなど、問題の中身に関係ない手がかりによって説得を処理するため、一度態度を変えたとしても、またすぐ変わってしまいやすい。
(引用文献 「社会心理学」 井上隆二 山下富美代 ナツメ社 2000)
もっとも高い説得的コミュニケーションと考えられるものは?
それは「霊感」に基づくものであろう。そこには論理を超えた希望、勇気付け、自分を信じる、などの形態が含まれる。一般的には宗教的体験などがこれにあたる。場合によっては因果応報として信じられることもあろう。論理を超えた説得的コミュニケーションは、情緒的なレベルに直接訴えるだけにいっそう効果がある。「カリスマ」もこれに当てはまると考えられる。また、あまり適切な例ではないと思うが、承久の乱がおっこったとき、北条正子が御家人たちにした演説も、いわいる、「義理と人情」に訴えたものでもあり、それゆえに効果的な「説得的コミュニケーション」だったと思われる。結果、御家人たちは感動して涙を流し、固く幕府への忠誠を誓ったそうだ。
事実の提供や、論理で迫るのは方法としてあまり効果的ではない。認知的に、つまり頭ではわかっていても、態度を変えるときに伴う強い感情的な痛みに拘束されている情緒的な面を調整するという仕事が残されているからである。
説得的コミュニケーションは、「頭」よりも「胸」または「腹」に訴えていることが多い。よいコミュニケーションのためには、感覚を働かせることは良策である。説得される人は、メッセージがどのような手段で与えられるにしても、それを直接に聞き、嗅ぎ取り、感じなければならない。理解だけでは不十分なのである。
(「心理学パッケージpart5 椎名健」)
終わりに
調べてみて、ホワイトハウスでも行われているくらいに有効な手段であったのには驚いた。説得するときには特別なテクニックを知らなくても、できるということが今回調べてわかった。私たちは普段の生活の中で、気づかないところで、説得的コミュニケーションにいつも接しているのだ。説得に対する知識を増やしておけば、よくない話に説得される予防にもなるかと思う。
引用文献 「心理学パッケージpart5」 椎名健 小川捷之 ブレーン社 1985
「社会心理学」 井上隆二 山下富美代 ナツメ社 2000
「心理学辞典」 有斐閣
「影響力の武器」 ロバート・B・チャルディーニ著 誠信社 1991
参考文献 「説得の技法」 草野耕一 講談社 1997
●説得
主に言語手段によって他者の態度や行動をある特定の方向へ変化させようとすること。
そして説得の結果、相手の考えや態度に変化が生じると考えられている。こうした考えや態度の変化を、心理学では「態度変容」といっている。
(「社会心理学」ナツメ社 2000)
●説得的コミュニケーション
説得する側が、相手に対してメッセージを送ることによって、受け手の態度や信念を変化させようとする過程。行動が変化するまでの一連の段階であると考えられる。その段階とは、@接触 A注目 B理解 C承諾 D保持 E検索 F決定 G行動 である。
このような流れの中で、説得の効果に影響を及ぼす要因として、@コミュニケーター(送り手) A受け手 Bメッセージ内容 C説得状況 Dチャネル (McGuire,W.J.)
(「心理学辞典」有斐閣)
●態度
人の社会的行動を予測、説明するために考案された仮説的構成概念のひとつ。
態度の構成要素として、心構え、学習された性質、評価的性質などがあるうえで、
「態度とは、関連するすべての状況や対象に対して直接かつ力動的な影響を及ぼす、
経験に基づいて組織化された精神的および神経的準備状態のこと」
(「心理学辞典」 有斐閣)
●古典的条件付け
条件刺激の呈示後に無条件刺激を対呈示することにより、条件反応を形成するもの
パブロフによる犬の実験は有名
(「社会心理学」ナツメ社)
●精緻可能性モデル
態度変化が生起する過程と、変化後の態度の性質を、話題についての熟考が生じるかによって説明する理論。説得と態度変化に関する一般理論のひとつ。これが生じるかどうかは、説得的コミュニケーションに関する受け手の処理動機付けと処理能力によって決まる。
(「心理学辞典」 有斐閣)
●精緻化
話題に関して主張された論拠・議論について受け手が能動的に考え、情報処理をする過程を指す。
(「心理学辞典」有斐閣)
付録
説得を受けやすい質の人
他者からの影響力の受けやすさを示す概念として、被影響性、もしくは被説得性があります。
被影響性とは、他者から影響されやすい性質のことです。被影響性の研究では、影響されやすい人の特徴が検討されています。具体的には、性別、年齢、知能、自尊心などの違いによって、影響されやすさが異なるかどうかが明らかにされています。最近、メタ分析(ある現象に関する、数多くの研究結果をまとめて、全体としてどのような結果を導き出せるかを明らかにするための統計
的な手法)を用いて、被影響性の全体的傾向が明らかにされました。
同調行動や説得に関する57の論文がメタ分析の対象とされました。分析の目的は、受け手の知能の高さ、自尊心の高さ、年齢が影響力の受けやすさと関連しているかどうかを明らかにすることでした。(途中省略)
メタ分析の結果、次のようなことが見出されました。知能については、対象が少ないので、はっきりとした結論を出すのは難しいけれど、知能の低い人のほうが高い人よりも影響されやすい傾向が見出されました。理由としては、知能の高い人のほうが、与え手からの説得内容に関する知識を多くもち、自分の知っている知識に照らして、その説得内容の適否を判断できるからだと考えられます。
自尊心については、低い人や高い人よりも、中程度の人のほうが影響されやすいということが認められました。ただ、ここで問題なのは、中程度の自尊心というのはどの程度なのかという疑問が生まれます。残念ながらこの問いに答えることはできません。知能の場合も同様です。このあたりが心理学や社会心理学のもどかしい側面ですが、現段階では、こうしたレベルでの結論で満足するしかないようです。
(引用文献 「影響力を解剖する」 今井芳昭 福村出版 1996)
発表を終えて
発表は、はっきり言って、とても緊張しました。せっかく持ってきたお菓子を出し忘れるくらいに。司会者に助けられつつ、まあまあな発表ができたと思います。資料が少なく、あまり掘り下げてできなかったのが、少し悔しいです。何の食べ物を提供されても結果は同じなのか、とか。嫌いな食べ物のときは結果が変わるのか、など。嫌々食べているときは、ランチョウ・テクニックの効果は発揮されないと私は思いますが。