基礎演習  

環境は脳を変える ―つくられる天才と鈍才―



2001.10.25
発表者:岡部 紗代子
司会者:鈴木 麻記




世の中には天才と呼ばれる人々がいる。
この才能は遺伝するのだろうか。
ここでは才能を「知能」の部分に絞って見ていきたいと思う。



才能は遺伝するか

 最近の報告によると、アインシュタインの脳は平均的な脳とは何か違っているということである。脳には、神経細胞と、神経細胞の生命維持に関わるグリア細胞(「接着するglue」の意)と呼ばれるものがある。アインシュタインの深い思考をつかさどる脳皮質の部分には、グリア細胞の数が平均より73%も多かった(M.C.Diamond,1985)。神経細胞の数には差がなくても、これらの働きを盛んにする仕組みが非凡だったのである。これは、生まれつきの差であるのか、頭も磨けば光ることの表れなのか速断することはできないが、動物の実験によれば、どのように生きてきたかが重要であるように思える。

グリア細胞とは・・・神経膠細胞ともいう。神経の中でニューロンの隙間を埋め、それらニューロンの代謝を仲介すると共に支持組織としても働いている細胞。正常な脳において生理的な機能を営んでいるほか、ある程度の再生能力があり、脳実質の障害に対する修復に際して重要な役割を果たす。



ラットを用いての実験    −優劣は遺伝するか−

 しばしばラットの「知能」を測定するために迷路学習が用いられる。この迷路学習が上手な個体の系統、下手な個体の系統を分けて、子孫を何世代にも作っていく。リチャード・トライオン(R.Tryon,1942)は1920年代から迷路学習の優劣を手がかりに二つのラットの系統を作りはじめて、それが研究に供されてきた。

●トライオンの研究●
142匹のラットに複雑な迷路を19回ずつ走らせて、袋小路に何回走り込んだか記録し、「賢さ」の物差とした。その後成績の良い個体同士、悪い個体同士を交配することにより子を得る。
                          ↓
・ これを何世代も繰り返すと、優秀なラットと劣等なラットが次第に鮮明に分化。
・ 優劣が遺伝によって強化されたといえそうである。

→ではこのラットは何について「賢い」のか。


●ロイド・サール(L.Searl,1949)の研究●
27代目のラットについて30数個の能力をテスト。
             ↓
・ 成績が良かったのは極限られた能力。(使われた迷路のみに好都合な結果を導くように思えるもの。)
・ 新しい迷路では優劣の差は無し。
 
⇒この世代を経て集積された能力は、特定の迷路学習ついてのみ当てはまる、限られた局面の能力に過ぎなかったことが判明。

・その後の研究では、「賢い」系統のラットの脳には神経活動の伝達に関わるコリンエステラーゼと呼ばれる酵素が脳全体に増加していることが認められている。(D.Krech,et al.,1954)。

→では世代交代を重ねることが脳の変化を促す為の条件なのか。それとも特定の個体が誕生後に経験した事でも脳の変化として現れるのか。



ラットを用いての実験    −環境の働き−

●カリフォルニア州大学バークレー校の研究●
・ 10匹程のラットが、色々な遊び道具が置いてある大きなケージの中で一緒に過ごす、「豊かな環境」。
・ 小さなケージの中に1匹だけで住まわせ、他のラットから隔離した「貧しい環境」。

この環境に4〜10週間暮らし、予定の期間がきたところで脳を瞬間的に凍結→分析。
                       
                       ↓

「豊かな環境」のラット・・・脳の重量が増え、脳皮質の厚みが増す。
                神経細胞の樹状突起が成長、細胞体と核が大きくなる。
                グリア細胞の数が増し、アセチルコリンエステラーゼの活動が盛んになる。

⇒細胞の活動と代謝が盛んである。





まとめ
 脳の構造的な変化を認めるにはそれ程の日数を必要としない。(M.C.Diamond)
 才能は一部は遺伝する面もあるが、それよりも、どれだけ「探求すること」が可能な環境で過ごし、運動と感覚を使って「探求すること」が重要。



終りに
 天分というものは確かに存在するのだと思う。身近なことで見てみると、何においてもやらなくともできる子もいれば、どれほどやろうともできない子もいる。これを天分と呼んでよいかはわからないが、確かに違いは存在するのである。また、「かえるの子はかえる」という言葉があるが、この場合親がそれなりの環境を作り出し子供は最初からその環境に身を置くことになるのではないだろうか。確かに遺伝もあるだろうが、各個人が持っている能力を伸ばすも伸ばさないも、誕生後に置かれた環境や自分自身が何を求めるかということ次第だと私は思う。

 
参考文献・引用文献
〔図解〕ヒトゲノム・ワールド  清水信義           PHP研究所
ゲノムが語る23の物語    マット・リドレー        紀伊國屋書店 (第6染色体知能)
南山堂医学大辞典 第18刷1版                 南山堂

心理学パッケージPart5    小川捷之・椎名健 編著    ブレーン出版
Tryon, R.C., Individual differences. In F.A. Moss (ed.), Comparative psychology (Rev. Ed),Prentice-Hall, 1942.        
アインシュタインの生涯   C.ゼーリッヒ     商工出版社
アインシュタイン物語     コンドー       東京出版社    
    






追加(質問回答)

◎アセチルコリンエステラーゼとは
  神経系シナプス、運動神経・筋接合部などに存在し、化学伝達物質としてコリン作動性神経終末より遊離したアセチルコリンを極めて速やかにコリンと酢酸に加水分解して失活させる。この酵素はまた外部より投与されたメタコリンも加水分解する。一方、血清、グリア細胞などに分布するコリンエステラーゼはpseudocholinesteraseとも呼ばれ、メタコリンにはほとんど作用せず、両者は生理的に異なった役割を持つと考えられる。

・コリン
塩基性物質で、広く動植物界に分布する。特に、脳、卵黄などには、レシチンの構成成分として多量に含まれている。単独では通常ハロゲン化物イオンと塩を形成している。弱い血圧降下作用、胃酸分泌作用があるといわれている。コリンのアセチル化体、アセチルコリンは運動神経、副交感神経終末の顆粒内に貯蔵され、神経の興奮により化学伝達物質として終末より放出されて興奮を次の神経細胞または効果器に伝達する。放出されたアセチルコリンはコリンエステラーゼで分解されてコリンと酢酸になり、コリンは再び神経終末に取り込まれてアセチルコリンとなる。

◎アルベルト・アインシュタインも幼少時、探求できる環境にあったのか。
  アルベルトは1879年3月14日にドイツのウルム市で生まれる。父は電気工事店を開いていた。1880年ミュンヘンに移住。父とその兄(技師であったという。)はその地で発電機、測定器械、アーク燈を製作する小さな工場を作る。(あまり繁盛しなかったようであはあるが。)以上のことから見ても、探求することが不可能な環境だったということはないと思う。また、5歳の頃には小さな羅針盤を与えられ、12歳の頃には数学の古典であるユークリッドの平面幾何学の本を手に入れ、この本からも強い印象を受けた、とのことなので他の人よりは「探求」するきっかけがあったのではないだろうか。



感想
 「知能」の定義がとても難しかったです。レジュメを作りながら漠然と思ったのは、ここでの実験でのラットの「知能」は「記憶力」と言い換えることができるのではないか、ということでした。アインシュタインの「知能」とラットの「知能」は別物だということはわかるのですが、うまくまとめられなかった事が残念でした。





HPに載せるにあたって追加した箇所は文字色が紺色になっています。