28.昇天したクッカー

  時は1997年6月18日夕方、場所は23Eスパ・ストリ−トのキッチン。フライパンでパパドムを揚げようとして途中で入った電話に夢中になり、台所の一部を焦がしてしまった人がいる。この模様は「お釈迦になったクッカー」と題して、本人が1997年7月にホームページを通して全世界に公開している(ちょっと大げさかな)。

  さて我が家が、アバディーンに来て最初に購入した電気製品はライス・クッカー、つまり炊飯器であった。日本を離れるとき炊飯器を持参しようかちょっと迷ったが、23Eスパ・ストリ−トの住人、ミセス・マックファージンに問い合わせると「簡単なものなら手に入るよ」と教えてくれたので、当地で調達することにした。

  ミセス・マックファージンによれば、「当座必要なものは、インデックス(Index)やアーゴス(Argos)のようなカタログショッピングの店で揃えることができる」とのことだった。アバディーン到着後すぐ、インデックスに出向きカタログをもらってきた(もらってきたとはいっても、店先に山積みされているカタログを勝手に取ってきただけであるが)。その数日後、インデックスのすぐ近くにあるアーゴスにも行き、ここでもカタログをもらってきた。カタログによれば、両方とも全英ネットのカタログショッピング店であった。

  カタログショッピングといえば、カタログを見て注文をし、送られてくるのを待つ、というイメージがあるが、インデックスやアーゴスは、次のような方法によってその場で商品が手に入る。
1.カタログでほしい商品を決める。
2.店舗に行って、チェッカーと呼ばれる機器にカタログに記載されている商品番号を打ち込む。
3.すると、商品名、金額とともに、現在在庫がいくつあるかが示される。
4.在庫があることを確認して、チェッカーのそばに置いてある紙片に商品番号を記入してレジに並ぶ。
5.レジで購入商品の確認後、代金を支払う。
6.代金支払い後、レジで受け取ったレシートを持って商品受取カウンター前でしばし待つ。
7.やがて商品が出てきたら、レシートを見せて間違いのないことをお互いに確認して引き取る。

たしかに見ていて飽きない

  我々が借りた家は、一応フル・ファーニッシュド(必要な家具・寝具・器具付き)だったが、それでもいくつかのものは買い揃えなければならなかった。炊飯器、マイクロウェーブ(電子レンジ)、トースター、湯沸かしポット、デスク用ライト、写真のアルバムさらには蒲団カバーなどなど。そんなとき、いつも利用したのがインデックスやアーゴスだった(値段はどっちもどっちといったところ。あとは趣味の問題)。日本でもカタログショッピングは「一冊の百貨店」などと称するほど品揃え豊富だが、インデックスやアーゴスは日本のカタログショッピングを凌駕する。扱ってないものは食料品と出版物、衣類ぐらいだ。アクセサリーの扱い量には驚くべきものがある。家電品、家具、寝具、インテリア小物、カメラ、おもちゃなどなど、ピンからキリまでの品揃え。予算に合わせてほしいものが買える(我々が買ったものはもちろん一番安いものばかり)。一カ所でほしいものが手に入るというのは、不慣れな土地ではありがたい。どちらのカタログも総ページ数700ページ超、オールカラー天然色だ。見ていて飽きないもので、かみさんや子供達は暇があると眺めているほどだ(かくいう小生もし かり)。

  つい最近、この春−夏用カタログがインデックスやアーゴスの店頭に山積みされ、先日、それをもらってきたばかりだった(どちらも年2回改訂されるようだ)。

  どちらの店でも炊飯器を扱っている。一応保温機能付きのちゃんとしたクッカーである。ただしこればかりは選択の余地はなく、一種類しか置いていない。気になる価格は£30弱。1年ぐらいの短期滞在には不自由しない程度の代物である。きわめて簡単な構造ながら、美味しいご飯が炊きあがる。ご飯は強火で炊きあげるのがコツらしいが、何といっても当地は240ボルト。強火の連続だ(これが仇になって、水加減を間違えると硬いご飯になってしまうようだが)。ちなみに、直火炊きだの釜戸炊きだのニューロだのファジーだのというけれど、米が美味しければ何でも一緒のような気がする。当地でコシヒカリやササニシキが手に入るわけはなく、プディングライス用の米を炊いたりしているのだ。しかもその炊飯器は強火が取り柄だけの単純な代物。それでもそこそこに美味しいご飯が炊きあがる。炊飯器が手に入るだけでも良しとしなければならない環境で、誰がその炊飯器で炊いたご飯を「まずい!」と切り捨てられようか。感謝あるのみ。

  ところが、アバディーン滞在もそろそろ半年を迎えようとした頃、前日まで何のトラブルもなくご飯を炊いていたクッカーが、突然、うんともすんともいわなくなったのである。
  『そりゃ、ヒューズが飛んだんだ、きっと』
  おもむろにプラグを開く。プラグの中にヒューズが入っているので、それを取り替えれば元通り仕事をしてもらえると考えたわけだ。
  しかし、ヒューズを取り替えても、さらに、もう一度配線をやり直しても、結局、我が家のクッカーはふたたび美味しいご飯を炊いてくれることはなかった。
  『過重労働だったかなあ』

静かに昇天したクッカー。合掌。

新調したクッカー

  困ったのは、このクッカーをどうするか、である。もちろん、修理に出すことはできる。何といってもまだ半年しか使っていないのだ。ヒューズに問題がないとすれば、当然、クッカー内部の何かが故障しているわけで、これは素人にはどうしようもなく修理に出すしかない。一方、修理に出したとすれば、どれぐらいの期間、修理に時間を要するかが問題だった。少なく見積もって一週間か。いやいやスコットランドだもの・・・。少なくともその期間はご飯が食べられないことになる。我々にとってご飯が食べられないというのは不安この上ない事態であった(もちろん鍋で炊けばいいのだけれど。そして壊れた当日は鍋で炊いたのだけれど)。

  結局、我々は、クッカーを新調することにした。静かに昇天したクッカーは、ガラス製のふたは落としぶたとして使うことにし、内釜は子供の砂場道具として再利用することにした。
  ちなみに、クッカーを新調するために、つい先日手に入れたばかりのカタログが役だったことはいうまでもない。[11/Feb/2000]


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