17.生活実感と付加価値税

  日本の消費税も、英国をはじめEU諸国で実施されている付加価値税(VAT:Value Added Tax)も、どちらも間接税である。間接税は、税負担者と納税者が異なる税金の種類をいう。消費税も付加価値税も、最終的な税負担者は消費者であり、納税者は企業である。現在、消費税は5%だが、計算が面倒だし(3%の時よりもいいが)、何より家計負担が重く感じられる。
  ところで英国の付加価値税は何%かご存じだろうか。17.5%である(ガスなどの燃料は5%)。消費税の3倍以上だ。さぞかし家計負担が重いのだろうなと考えがちだが、これがそれほど重くないのである。いいかえればそんなに気にならないのである。

  英国が付加価値税を導入したのは1973年4月1日からである。その前年の1972年に英国は当時のECに加盟する。EC加盟国相互の間接税の調和化に呼応して付加価値税が導入されたのである。導入当初の税率は10%、74年7月から79年6月までは8%、79年6月から91年3月までは15%になり、91年4月1日以来、17.5%が続いているのである。日本の消費税はまったく新しく消費税という税制を作り出したが、英国の付加価値税は、それまであった購入税と選択雇用税を廃止する形で導入されたので、消費者に対する間接税制としては新しいものではなかったようだが、それでも最初から10%というのには驚くばかりだ。

  さて付加価値税は、次の4つの条件すべてを満たす取引に適用される[1994年付加価値税法、s4(1)]。
1.財やサービスの供給であること。
2.英国内で取引が行われること。
3.課税登録業者によって行われること。
4.課税登録業者の経営目的で行われること。
つまり、原則的に英国内で行われた財やサービスの供給を対象にする。平べったくいえば、モノの売り買いやサービスの売り買いすべてが付加価値税の対象になるということだ。この点で消費税と変わらない。しかし、付加価値税には課税免除(免税)のものがいくつかある。1994年付加価値税法付則9には、次の12グループが課税免除であると規定されている。
土地 土地の所有権の譲渡(販売、リース、賃貸)、地上権あるいは占有権の譲渡が免税
保険 保険契約におけるサービスの供給や保険クレームの取り扱いが免税
郵便 郵便局によって提供される郵便サービスは免税
賭け金(betting)・ギャンブル(gambling)・宝くじ(lotteries) 賭けをする施設が免税
金融 (i)銀行取引、(ii)クレジットカードサービス、(iii)ローン取り組み、(vi)貨幣の取り扱い、(v)株式の取り扱いなど広範な金融サービスが免税
教育 学校、大学そして他の非営利団体によって提供される教育や職業訓練が免税
健康 医師やその他の健康産業従事者によって行われる供給が免除
火葬 死体の処理、つまり火葬に提供されるサービスは、墓石以外、免税
取引組合や専門団体 機関誌の代わりに取引組合、専門団体、ある種の取引協会によって行われるサービスは、関係する団体が非営利である場合免税
10 競技、スポーツ その会員だけでなく、入場料が賞金になり非営利団体によって提供されるスポーツに関連するサービスの場合、スポーツの競技の入場料は免税
11 芸術作品 公的団体に提供される芸術作品は免税
12 資金集め 一回限りの資金集め事業に関連して供給される財やサービスは、もし、チャリティー、非営利スポーツや第9グループの団体によって行われる場合免税

  もちろんそれぞれに例外があり、簡単にはとらえられないが、おおむね、結果的に公共に役立つと思われる財やサービスの供給が課税免除になっているようである。しかしこれらの免除があるから英国の付加価値税の方が消費税より優れているというつもりはない。そもそもよく考えてみると、これらの項目のうち、どれが「日常的に」我々の生活にかかわっているかといえば、郵便や金融程度であり、この程度の免税が家計負担を軽くするわけではない。
  では、付加価値税には何が隠されているのだろうか。

  それは、ゼロ税率である。ゼロ税率とは、課税はするがその税率は0(ゼロ)ということだ。課税免除(免税)は付加価値税の対象外だが、ゼロ税率は付加価値税の範囲内にありながら、その財やサービスの供給は税率ゼロとなるものである。ゼロ税率の主要な理由のひとつは、生活上、必要不可欠な項目について、消費者が税金を支払わないということを保証することにある。
  1994年付加価値税法付則第5は、ゼロ税率を16のグループに分けて表示している。
食品 ・人が消費する食品
・動物のえさ(animal foodstuff)
・通常、人が消費するための家畜(livestock)
・人が消費するか動物のえさになる植物の種
例外 ・持ち帰り食品(hot take away food)を含む、料理を提供する中で供給された食品
・アイスクリーム、ポテトチップス(crisps)、ピーナッツ、甘いデザート(sweets)、アルコール、ソフトドリンク、チョコレートビスケットなどを含む副食品
・ペットフード
・人が消費するためのものではない家畜
上下水道(Water and sewerage services) 産業用ではない水の供給や下水処理
書籍 ほとんどの書籍、新聞、小冊子、楽譜、地図
聞く本と受信機(Talking books and wireless sets) 障害者のための聞く本、受信機、カセットレコーダー、あるいはチャリティーによって障害者に提供されるもの
建物の建設 住宅用または非営利目的で使われる建物の新築あるいは新しい建物の販売
保護建造物(Protected buildings) 登録されている建物の手直しあるいは改築された登録済み建物は、住宅用あるいは慈善事業用に使われることでゼロ税率
国際サービス 1993年1月1日以来、このカテゴリーのほとんどの項目は供給条項(supply provisions)に含められている。
輸送 12名以上の輸送が行われることによって、陸送、鉄道、海上そして航空の旅客に適用される。
例外 ・遊覧は標準税率
移動住宅と屋形船(Caravans and houseboats) 個人の住居として使われる場合、それらはゼロ税率
10 (Gold) 英国にあり、中央銀行やロンドン金市場に供給される金はゼロ税率
11 紙幣 銀行による紙幣の発行
12 医薬品、障害者用補助具 処方によって供給される医薬品、身障者に供給される特別な器具や建物の手直しあるいはそれが得られるチャリティーなど
13 輸出入 国際取引に関連して、ゼロ税率が適用
14 免税店 もし免税店で供給される場合、限定的なタバコなどの供給はゼロ税率
15 チャリティー ある種の条件に見合う場合、チャリティーへの供給あるいはチャリティーによる供給はゼロ税率。チャリティーに関連するものが包括的にゼロ税率になるというわけではない。
16 被服と靴 ・子供服
・英国基準にかなう産業用の防御服やバイクのヘルメット

  ゼロ税率が適用される財やサービスの供給は、かなり生活に密着したものが多い。食品、上下水道、書籍がゼロ税率だし、一般的に子供関連はゼロ税率だ(ただし子供が食べるからといってもお菓子は原則的に標準税率)。ゼロ税率は実質的に消費者の税負担はないのだから、安く感じるわけだ。

  ここで一番身近な食品(Food)について見てみよう。我々が常食とする食品類は原則的にゼロ税率である。しかし「食品」の定義は法律にはないため、一つ一つの食品について、それこそ虱潰しに調べてみないとどれがゼロ税率でどれが標準税率かわからない。
  まず、肉、魚、野菜、果物、ナッツ類、食用ハーブはゼロ税率である。とはいえ、果物や野菜のジュースは標準税率である。またパンは当然ゼロ税率だが、ハンバーガーショップで出されるハンバーガーは標準税率である。
  缶詰や冷凍食品はどうだろうか。これらはいずれもゼロ税率である。その理由は自宅で加工する必要があるからである(つまり肉や魚と同じ)。しかし、同じフローズンとはいえアイスクリームは標準税率である。サンドウィッチはもちろん主食の一つだからゼロ税率だが、もしこれを、販売している店舗で食べるような形態の中で提供された場合標準税率に変わる。
  つまり、買ったものを自宅で調理して食べるというものは、一般的にゼロ税率、買ったお店で食べる場合は「持ち帰り食品(Take away food)」と同じように標準税率が適用されるわけである。
  もっと細かいのがアイスクリームやお菓子だ。
  アイスクリームやシャーベットは標準税率だが、冷凍で販売されているムースはゼロ税率である。冷凍食品扱いだ。お菓子もまた標準税率である。思わず笑ってしまうのがケーキやビスケットだ。もしビスケットがチョコレートなどでコーティングされていると標準税率だがコーティングがなければゼロ税率に変わる(細かすぎる!)。もっと細かくいえば、チョコレートそれ自体やペロペロキャンディー(Lollypops)、マシュマロ、チューイングガム(風船ガムも!)、マロングラッセ、ドライフルーツも、すべて標準税率だ。しかし、チョコレートスプレッドやスポンジケーキ、フルーツケーキはゼロ税率である。また日本のお菓子(Traditional Japanese delicacies)もゼロ税率である。
  ところでドリンク類は、当然アルコールドリンク(ビール、ウィスキー、ワイン)は標準税率。紅茶、コーヒー、牛乳はゼロ税率(お店で飲んだら標準課税)。
  ポテトチップス(こちらではクリスプスという)のようなスナックは標準税率。ところがマイクロウェーブ(電子レンジ)で作るポップコーンはゼロ税率。
  こうしてみると、「常食とする食料品は原則的にゼロ税率」とはいえ、例外(つまり標準税率)が多く、品目としては標準税率の方が多いように思えてしまう。

  さて、日常の生活において、数多くの食品の中でゼロ税率のものと標準税率のものとの区別が付くかどうかという問題がある。もちろんスーパーなどでは区別を行って処理をしているのだが(POSシステムの導入で販売時点管理が可能になっている)、最終消費者である我々にその区別ができるかといえば、それはなかなか難しい。当地の人々は、その区別がはっきりできるのかもしれないが、我々のような入国者にはわからない。というのも、食品に限らず、ほとんどの商品の販売が、いわゆる内税方式で行われているからである。
  値札はすべて税込価格である。税額がゼロの場合も標準税率の場合も同じだ。販売店によって異なるが、レシートを見ても、ほとんどのレシートは税込み、つまり値札の価格で表示され、どの商品がゼロ税率で、どれが標準税率なのか、どの程度税金を支払っているかわからない。もっとも、DIYセンターのように、扱う商品のすべてが標準税率の場合は、税額が表示されている。
  ゼロ税率の効果は文房具やパソコン関連商製品を買ったときに実感する。文房具は標準税率であるからかなり高く感じる。センスがいいなと思うバースディーカード一枚の売価が£2〜3もする。パソコンのインクジェットプリンタ用替えインク(たとえばCanon BCI 11BK)が£13である。
  しかしながら、ゼロ税率のおかげで、全体的な支出額はかなり低くなっていることは間違いない。何故ならバースディーカードを毎日買うことはないが、ゼロ税率が適用される食品はほぼ毎日買うか、週に1度のまとめ買いでも多くの量を消費するからである。 

  最後に、税額の計算を一つ。たとえば、あるスーパーで食品を買ったとしよう。牛肉が£1.99、ポテトチップス£0.49、ビール£0.99、合計£3.47を支払った。これらのうち牛肉はゼロ税率だが、ポテトチップスとビールは標準税率だ。つまりポテトチップスとビールの価格には17.5%の付加価値税が加算されているのである。しからばそれぞれの付加価値税はいくらか。
  内税の付加価値税は、価格に含まれる付加価値税を計算することによって求められる。つまり、価格に「7/47」を乗じればいい。「7/47」は、付加価値税分数(付加価値税比)といわれるもので、「付加価値税率/100+付加価値税率」のことである。£0.49にこの分数(比)を乗じると£0.07、£0.99では、£0.14が税金であることがわかる。したがって£3.47のうち££0.21が付加価値税ということになる。
  こうしてみると、ゼロ税率の効果とともに、ずいぶん税金を払っていることにも驚かされるのである(ただし、実際のスーパー側の計算はこんなに簡単ではない。これについては税法の専門家にお任せすることにしよう)。[6/Dec/1999]


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